
仕事や暮らしのあり方がどんどん多様化していく今の時代。ならば日常に欠かすことができない「服」にも、1人1人がもっと “自分らしさ”を求めたっていいはずだ。
そこで、フローリスト、スタイリスト、ミュージシャン、彫刻家と、業種もパーソナリティも様々な4人のクリエイターたちに「もし自分がジャーナル スタンダード レリュームで服を選ぶなら」というテーマのもと仮想のデイリーウェアをセレクトしてもらった。
撮影は彼らの“ある1日”にそれぞれ密着しながら。4者4様の仕事=もの作りに向き合うスタンスを掘りさげていくうちに、ごく自然と、「その服を選んだ理由」が見えてきた。
「自分の歩みを表すもの」
「幼い頃から勉強よりも絵を描いたり粘土で何かを作ったり、というのが好きで、高校生の頃に漠然と自分の好きなことをやっていけたらいいなあという程度の考えで美術の道に進もうと。それで美大専門の予備校を経て東京藝術大学の彫刻科に進学しました。それが気づけば今もこうして彫刻をやり続け、また講師もしながら大学と20年以上も関わっているのだから不思議なものですよね」
柔らかな口ぶりでそう語るのは、主に陶器を駆使した独自の表現手法でユニークな作品を発表し続けている彫刻家の増井岳人さん。近年は様々な美術大学で学生たちを教えるかたわら、地元・神奈川の長閑なエリアに人知れず佇むパーソナルなアトリエにて、自らの足で探し集めている縄文土器を使った作品作りもライフワークになっているという。
「今思えば、学生時代は彫刻をしていないと自分のアイデンティティを保てないという感覚があり、元々好きで始めた彫刻なのに『やらなければいけない』、『早く新作を発表しなくてはいけない』という気持ちが強くなってしまって本当の意味で作品作りを楽しめていませんでした。そこからいろいろ経て、10年ほど前でしょうか。彫刻と長く向き合うためにできるだけストレスなく、心地よく作品を作っていきたいという考えにシフトし、自分の場所さえあれば仕事がそれほどなくても好きなもの作りはやっていけるんじゃないかと思ってこのアトリエを作りました。今は週に3日ほど大学で講師をし、土曜日は東京都内で彫刻教室をやっているのですが、夜には大体ここに来て彫刻をしています。家族と暮らす自宅にも絵を描くための小さなアトリエはありますが、ここが唯一、1人でゆっくり物事を考えながら創作に向かえる場所になっています。小さい頃って、なんとなく自分だけの “秘密基地”に憧れましたよね。ある意味、ようやくそれを手に入れられた感じなのかもしれません」
増井さんは“美術で生きていくこと”に対して信念や心構えのようなものをあえて持たないようにしているという。スマホは持たず、自分らしい暮らしのスタイルと時間の流れを大切にしながら、ありのままの生き方で彫刻と向き合っている。
「そもそも強い決心を持ってこの道を志したかというと全然そんなことはなくて、他にやりたいと思える仕事がなかったから彫刻を続け、ある意味だましだましここまできた部分もあるんです。これからもそんなふうに力まずに自分のペースでやっていきたいですね」
そんな増井さんのスタンスは日常にも表れている。毎日をともにするツールとしてゆるくスケートボードを楽しみ、自宅とアトリエの往復はもっぱらレトロなベスパのスクーター。服装には学生時代に影響を受けたという90年代のアメリカのユースカルチャーのエッセンスがさり気なく漂う。その様に主張や嫌みがなく、ごく自然にライフスタイルに馴染んでいる。
「世代的に、高校生くらいの頃はヒップホップやハードコア、パンクなどをよく聞いていましたし、スケボーをはじめストリートのカルチャーにもすごく興味を持っていました。ただそれらのコミュニティに自分の“居場所”がなかっただけで、今でも当時影響を受けたものは自分の生活の一部になっていますね。ファッションにしてもやはりそれらのカルチャーの本質的な部分とすごく繋がりがなるからこうして今でも変わらずアメカジテイストのものが好きなのだと思います。それこそ若い頃はメイドインUSAというだけで大丈夫だという気になってよく買っていましたけど(笑)、その感じは今もあまり変わっていないと思います」
増井さんはまた、「服」にこんな特別な価値も見出しているそうだ。
「元々たくさん持っているわけではないですが、僕は基本的に服を捨てられないタイプ。古いものだと小学生、中学生の頃の服も残してあります。もちろん着たくてとってあるわけではなく、服には自分が通ってきた道や着ていた頃の状況なんかが染み込んでいて、捨ててしまうとなんとなく自分の中の何かが失われてしまう気がするんです。その点、僕にとって服はもしかしたらこれまで作ってきた彫刻作品に近いものがあるのかもしれませんね」
増井 岳人
1979年神奈川県生まれ。2001年に東京藝術大学美術学部彫刻科を卒業、2003年に東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了。2015年から同大学で非常勤講師を5年間務めた後、現在は東京造形大学彫刻科で非常勤講師として学生たちを教えながら自身の創作活動にも精力的に取り組み、日常の様々な要素をモチーフにしたユーモラスな作品の数々をエキジビションなどで発表している。
Photo:Naoya Matsumoto
Edit&Text:Kai Tokuhara
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