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  3. 長山一樹の紳士学入門 #02.五感で愉しむ食事体験
  • 紳士。一聴して“スーツを着ている男性”が思い浮かぶところだが、はたして、装いだけが紳士を紳士たらしめる要素なのだろうか。

    この連載『紳士学入門』では、“ジェントルマンライフスタイル” を日々標榜し続ける、フォトグラファーの長山一樹さんの趣味嗜好から“紳士とはなんたるか”を考えてみる。

    第2回は「食事」について。日頃からさまざまな飲食店に足を運ぶ長山さんにとっての、価値ある食事体験、“味わう”という行為の本質とは。食事は、味覚と嗅覚で愉しむのではなく、五感を総動員して愉しむものなのである。

    写真提供_長山一樹 / 取材_三浦希 / 文・編集_重竹伸之

    紳士。一聴して“スーツを着ている男性”が思い浮かぶところだが、はたして、装いだけが紳士を紳士たらしめる要素なのだろうか。

    この連載『紳士学入門』では、“ジェントルマンライフスタイル” を日々標榜し続ける、フォトグラファーの長山一樹さんの趣味嗜好から“紳士とはなんたるか”を考えてみる。

    第2回は「食事」について。日頃からさまざまな飲食店に足を運ぶ長山さんにとっての、価値ある食事体験、“味わう”という行為の本質とは。食事は、味覚と嗅覚で愉しむのではなく、五感を総動員して愉しむものなのである。

    写真提供_長山一樹 / 取材_三浦希 / 文・編集_重竹伸之

    外と内、表と裏、その両立にこそ“美しさ”が宿る

    フォトグラファーの長山一樹です。今回は「食事」について。そもそも僕が食事という行為において特に重要視しているのは、味だけでなく視覚や聴覚などの要素が刺激を受ける“プラスアルファ”の部分。前回の建築の話にも通ずることだが、たとえばそれは、歴史に裏付けされるクラシックなお店の佇まいや時代感が反映されたレトロな雰囲気、あるいは店主の性格が見え隠れするような、手書きのメニューなのかもしれない。要は、既製品の組み合わせだけでは醸し出せない美しさ。そういうものを感じられるお店が、僕は好きだ。

    だからといって歴史や人柄が店構えに反映されていなければ良い食事体験ができないかというと、そういうことではない。若者が行き交う街の一角で観光地のように連日連夜賑わいを見せる、新進気鋭のお店を想像してみてほしい。それらはどういった理由で、ここまで広く知れ渡っているのだろうか。

    「あそこは観光地か?」と懐疑的な目線を向けられるほどに大流行しているドーナツ屋にも足を運ぶことがあるほどにドーナツが好きな僕の、最近の個人的体験を引き合いに出させてもらう。とある日の出来事だ。話題のドーナツ屋に足を運び、ティーンたちに紛れて行列に並び、会計をして受け取り、実際に味わってみると、ああ、これはただ単純に「映えるから」という理由のみで流行っているわけではないのだなと、すんなり気付かされた。アウトプットとしてのドーナツもそうだが、視界に入るアウトプットの形が総じてモダンなのだ。スタッフの方々が着ている制服も素敵だった。そしてもちろん、味も素晴らしい。

    そういった見た目の部分を整える“だけ”でお客さんが喜んでくれるかというと、それはちがう。見た目が“外”であり、味が“内”。それらを両立しているお店は、しっかりと知れ渡り、流行り、徐々にその土地に根ざしていくのだと思う。味覚と同時に、視覚も満たしてくれる、そういうお店が好きだ。

    I'm donut ?雑誌『BRUTUS』のドーナツ特集号を見てから、タイミングがあれば行こうと思っていたお店。この日は週末ということもあり、想像通りの大行列。買うまでに20分並んだ。僕は初めて行くお店では1番の定番商品をまず頼む。スーツはラルフローレンでオーダーしたオルタネイトストライプのダブル。タイはRRL。鞄はヨーロッパで購入したBrady。

    喫茶店なんかも好きで、よく足を運んでいる。特段コーヒーに凝っているわけではない。チェーン店で300円のコーヒーで済ませるときもあるし、コンビニの100円コーヒーだって、最近はよくできていると思う。極論「コーヒーを飲みたい」という欲求や想い、それ自体はどのお店でも叶えることができると思っている。

    それでも、喫茶店で1,000円のコーヒーを飲みたくなるのは“過ごし方”にお金を払っている自覚があるからだろう。味の良し悪しは細かな話になるので一旦置いておくとして、お店の内装やお店の“環境そのもの”を味わうことが目的なのだ。喫茶店特有のスローな空気やリラクシングなムード。時間と場所への対価として、と考えると、コンビニの10倍ほどの値段だとしてもまったく惜しくない。実際、そういうお店では「本でも読もうかな」なんて一切ならないから不思議だ。ただひたすら、ぼーっとするだけ。店内にひっそり響くノイズや時折聞こえる食器を洗う音などを耳にしながら、なんとなく窓の外の景色を見て、豊かに時間を重ねた空間に自分の身を置くだけ。

    忙しなく日々を過ごしていると、そういう“隙間”のような時間を味わう機会が、どんどん無くなっていってしまう。“余裕”とも言えるかもしれない。限られた時間のなかでどのような場所に身を置き、どのように過ごすかは、なるべく吟味したいところだ。そういった意味で、飲食店を“環境”で選ぶ楽しさは大いにあると思っている。

    喫茶ロン四谷の名店。内装の渋さは純喫茶界トップと言っても過言ではない。1954年に建てられたモダニズム建築はただ古いだけでなく、今でもカッコイイと思えるモダンさがある。看板やナプキンにプリントされた店名の書体もさりげないけどすごく好きなデザイン。入口の壁のロンだけ長体かかってるのもかなり好き。どうってことないハムトーストやタマゴサンドがかなり美味しく、オススメ。もちろん喫煙OK。

    味覚以外の感覚こそが“美味しい”を生み出す

    飲食を味わう行為のなかにそういった要素があるうえで、改めて“美味しい”について、味覚についてのことを考えてみる。そうしたときに、いつも思うことがある。たとえば、極寒のロケ撮影のシーン。人里を離れたものすごく寒い場所での撮影を終え、確かな手応えと疲労と空腹感とともにロケバスに戻ると、スタッフさんがカップラーメンを用意してくれていたとしよう。そんなの、どう考えたって美味いだろう。つまり、食材そのものがもつ希少性や質が“美味しさ“を決めるのではなく、脳が、身体が、何を求めているのか。そこに忠実であることが大切なのかな、と思うのだ。

    “美味しさ”にも種類がある。また別の話になるが、先日、千葉県佐倉市にある、神社の近くにひっそりと佇む蕎麦屋さんに足を運んだ。100年以上も営業を続けている老舗なのだそうで、気になり、訪れてみたのだ。

    店内には古い法被が飾られていた。聞くところによると、その地域で行われていた昔のお祭りで、その法被を着て神様を祀っていたらしい。そもそもそういうものは、当たり前だけれど、実際に現地へ赴かないと見られない“象徴”のようなものである。

    それを見て、ああ、良いお店だな、と思った。そして、お店の雰囲気にあてられたのか、自分にとっては少し味が濃かったお蕎麦も、なぜだか味わい深く感じられた。「あぁ、昔はこういう感じだったんだろうな」と。

    味としての“美味しさ”は、味覚以外の感覚によって、ポジティブにもネガティブにも左右される。味の違いこそあれど、そこでの“体験”というか、そういうものによって自分にとっての価値が変わっていくのだろうなと、改めてそう感じさせてくれた出来事であった。

    「味は味覚だけで感じ取るものではない」とは、随分と手垢のついた表現に聞こえるかもしれないが、仕方ない。実際、そうなのだ。店員さんが動くスピード(テキパキとしているが、せかせかしていないと良い)、彼らの人数(店の規模に適した人数だと良い)、場所、音、匂い、ムード、明暗……など。そのすべてが自らの求めるものであり、そこにぴったりとフィットしてこそ“食事”は正しい形で成り立つのだ。これも“層”の話かもしれない。

    紳士たるもの、見て触れて感じて、勉強するばかりです。

    房州屋川村記念美術館から車で約20分。千葉県佐倉市の城下町にある老舗蕎麦屋。昭和7年創業、この地で4代も続いてるのだから驚きだ。僕が注文したのは、天とじ蕎麦とかつ煮。(かつ丼頼もうと思ったら米切らしてたから)昔ながらの濃い味だが、それがいい。量も多く、大盛り不要なのでご注意を。この日着ていたのは、ブルックスブラザーズのバルマカーンコート。このコートしか持ってないのか? と思われるくらいお気に入りで、ずっと着ている。

    長山 一樹

    1982年、神奈川県横浜市生まれ。高校卒業後、スタジオ勤務を経て守本勝英に師事。2007年に独立し、ファッションや広告、フォトブックなどコマーシャル界の第一線で活躍。愛機はハッセルブラッド。
    Instagram:@kazuki_nagayama /@mr_nagayama

    担当編集から

    老舗飲食店に着ていきたいシャツ

    EDIFICEが定番的にリリースしているシャツはトーマスメイソンの生地を用いた綺麗な仕上がりで、色柄で遊んでいてたとしても、それなりにしっかりした印象に見せてくれる。ドレスコードまではないにしても、なんとなくシャツを選んでおくのが正解かも、なんてシチュエーションならこれを着ておけばいい。オーバーサイズに作られているから、食べすぎても安心です。
    (重竹)