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  3. 長山一樹の紳士学入門 #1名建築の意匠に学ぶ
  • 紳士。一聴して“スーツを着ている男性”が思い浮かぶところだが、はたして、装いだけが紳士を紳士たらしめる要素なのだろうか。

    この連載『紳士学入門』では、“ジェントルマンライフスタイル” を日々標榜し続ける、フォトグラファーの長山一樹さんの趣味嗜好から“紳士とはなんたるか”を考えてみる。

    第1回は、長山さんご自身の趣味でもある「建築を巡ること」について。合理性や利便性からはかけ離れた意匠が取り入れられた建築には、フォトグラファーとして生きること、紳士として生きることのヒントが、そこかしこに散りばめられていた。

    写真提供_長山一樹 / 取材_三浦希 / 文・編集_重竹伸之

    紳士。一聴して“スーツを着ている男性”が思い浮かぶところだが、はたして、装いだけが紳士を紳士たらしめる要素なのだろうか。

    この連載『紳士学入門』では、“ジェントルマンライフスタイル” を日々標榜し続ける、フォトグラファーの長山一樹さんの趣味嗜好から“紳士とはなんたるか”を考えてみる。

    第1回は、長山さんご自身の趣味でもある「建築を巡ること」について。合理性や利便性からはかけ離れた意匠が取り入れられた建築には、フォトグラファーとして生きること、紳士として生きることのヒントが、そこかしこに散りばめられていた。

    写真提供_長山一樹 / 取材_三浦希 / 文・編集_重竹伸之

    建築は想像を絶する数の
    「選択」と「決定」で
    成り立っている

    フォトグラファーの長山一樹です。編集さんから「名建築についての話をしてくれ」と言われたので、まずは僕が思う名建築の基準から。

    いつ、誰が建てたのか、という歴史や情報は嗜むものであって、優劣を決める要素ではない。僕が興味深いと感じるのはむしろ、ディテールの部分。撮影仕事やプライベート、これまでに散々いろんな建築に触れてきたが、ディテールにこだわりを感じられる建築には積極的に足を運び、自分の身を置きたくなる。

    ディテールは意匠と言い換えてもいいかもしれない。「なぜこの手すりは木で作られてるんだろう?」「そもそも手すりを木にする必要はあるんだろうか?」と思いを巡らせるのが楽しい。だって、もっと安くて頑丈で、扱いがラクな素材なんか、いくらでもあるんだから。でも、あえて木を選んでいる。コスト削減や合理性は度外視してでも、この建物を作る上でもっと大切にしたいことが彼らにはあったんだろうな、と想像する。

    それってすごく豊かなことだし、こだわり以外のなにものでもない。木のぬくもりや手触り、模様や色。木は生き物だから、ひとつとして同じものは存在しない。素材のテクスチャーがレイヤーになって折り重なっている建築は面白い。合理や利便だけを追い求めて作られたものには醸し出せない“厚み”がある。この“厚み”はまぎれもなく、“層”が折り重なった結果だ。

    写真にも、同じことが言える。

    帝国ホテルフランク・ロイド・ライトの設計による帝国ホテル内にあるバーでは、1番奥の、ライトが設計した大谷石(おおやいし)の壁画前に座る。照明やところどころのディテールがとても優美。葉巻を始めた頃、練習がてら仕事終わりに燻らしに足を運んでいたが、今は条例で煙はNG。

    デジタルとアナログの違いは
    「層」にある

    僕は写真を生業にしているから、写真の話も少し。フィルムから始まり、いわばアナログ的だった“写真を撮る”という行為が、ゆっくりと時間をかけてデジタル的な行為に移り変わり、今では誰もが高画質なカメラを毎日携帯し、それでメールを打ったり、インターネットを見たりしている。

    写真機でいうと、デジタルカメラが普及したことで「カメラが撮ってくれる」とはよく言ったものだが、一方でアナログカメラは、自分の手で決めなければならないことが多い。絞り、ピント、レンズやフィルムの選択、その他さまざまなことをひとつひとつ決定していく。僕はこれも“層”だと思っている。

    明言しておくが、デジタルがダメだと決めつけているワケではない。確かに僕は古いものが好きだけど、執着しすぎて懐古主義にならないよう、常に気をつけている。 かの有名な写真家・篠山紀信は「写真こそが時代を表してるんだ。今のカメラで撮れば今の写真になるんだよ」と言った。この言葉を聞いて、結構ガツンとくるものがあった。うん、そうだよな、って。僕も普段の仕事ではデジタルカメラを使ってる。もちろん、デジタルにも“層”はあるのだが、これはまた別の話。

    これまでにも“層”についてはいつだっていろんな考えを持っていたのだが、ふと「あ、建築だ」と思った。たとえば柱。手すり。扉。窓。照明。什器。カタチはこうしよう、大きさはこれぐらいがいい、素材はこれにしよう、色は? 場所は? どんな人にとって使いやすいものにする? ………これらひとつひとつを検討し、決定することはすべて“層”であると考えている。建築は、意匠としての“層”が幾重にも重なって成り立っている。そういったことを考えたときに、建築に対する興味がより強くなった。

    The Okura Tokyo(旧ホテルオークラ) 1F ロビーラウンジ谷口吉郎が手がけたThe Okura Tokyoのロビーラウンジは、照明、椅子、手すりなどの細かなディテールから洗練された和のモダンデザインを拝借できる。ビュッフェスタイルのモーニングにたまに伺うが、何を食べても美味しい。お値段は4,000円。

    “層”が“厚み”を生み、
    歴史をつくる

    唐突だが、僕が思う“紳士”は、常に本質を捉えようとしていて、いつだって“品(ひん)”を持ち合わせている人を指す。

    日本一有名な羊羹屋さん・とらやの話を引き合いに出す。とらやが、その長い長い歴史を紡ぎ続ける上でもっとも大切にしていることは何か、聞かせてもらったことがある。

    それは毎朝「おはようございます」と挨拶を交わし続けること、だそう。彼らにとっての究極の“品”は、毎朝の挨拶らしい。僕はこれを知り「300年以上も続くブランドが、そんなことを言ってしまうんだ」とものすごく衝撃を受けた。人と人とが顔を合わせて挨拶をすること。単純そうに見えて、全然単純じゃない。これこそが本質だな、と思わずにはいられなかった。

    少し脱線したが、とらやが300余年の歴史を重ねることができているのは、先述の挨拶などといったさまざまな“層”が重なった結果であろう。続くもの、残るものには、必ず理由がある。僕が優れた建築に積極的に自分の身を置きたいと思っているのは、その理由を知りたいから。意匠に触れたい。素材のテクスチャーを目にしたい。“層”の重なりを感じたい。いまだ掴みきれていない物事の本質、そのヒントを建築から教えてもらっている。

    紳士たるもの、見て触れて感じて、勉強するばかりです。

    埼玉会館1966年開館のさいたま市にある埼玉会館は、コルビュジエイズムを引き継いだ前川國男建築のひとつ。建物内に独特な高低差を生み出している短い階段の手すりには木材が使われている。

    群馬音楽センター前川國男の師であり、フランク・ロイド・ライトの弟子であるアントニン・レーモンドが手がけた、高崎市の群馬音楽センターも大好きな建築であり、お気に入りのロケ場所のひとつ。シャビーなコンクリートには、シアサッカーのスーツがよく似合う。

    長山 一樹

    1982年、神奈川県横浜市生まれ。高校卒業後、スタジオ勤務を経て守本勝英に師事。2007年に独立し、ファッションや広告、フォトブックなどコマーシャル界の第一線で活躍。愛機はハッセルブラッド。
    Instagram:@kazuki_nagayama /@mr_nagayama

    担当編集から

    建築巡りをする際に履きたいシューズ

    Parabootのラバーソールは長時間の歩行にも最適。こちらはブランド定番の『MICHAEL』にEDIFICEがアレンジを施した1足で、通常インラインでは用いていない、キメの細かいドレスカーフを使用した端正な佇まいは、さながらドレスシューズのよう。ソールの縫い糸をブラックに変更している点も好印象です。
    (重竹)