

TOKYO No.1 SOUL SET for JOURNAL STANDARD relume.
渡辺俊美の東京。
Interview&Text_Nobuyuki Shigetake

渡辺俊美
TOKYO No.1 SOUL SETのボーカル、ギターを担当。1990年に川辺ヒロシ、BIKKEとともにバンドを結成し、音楽活動と並行して、原宿の雑貨店での経験をもとに服やグッズの制作にも携わってきた。90年代にはブランド〈DOARAT〉を手がけ、現在は自身のブランド〈HEADS〉を展開。バンドのグッズ制作やライブでの演奏を通じて、音楽とファッションの両面から独自の表現を続けている。
— 川辺さん、BIKKEさんのインタビューと続き、最後は渡辺さんです。
渡辺 : 読みましたよ。このような機会をいただき、ありがとうございます。
— こちらこそありがとうございます。今日はどんな一日でしたか?
渡辺 : いくつか打ち合わせをしたあと、僕がやっている〈HEADS〉の新作Tシャツのサンプルが上がってきたので、スタジオで撮影してきました。まず自分で撮ってみて、イメージを膨らませています。
— 撮影もご自身でやるんですね。
渡辺 : 自分でできる範囲のことはやりたいなと。きちんと仕上げたいときは専門の人にお願いしてますけどね。

— 多岐にわたって活動されていますし、どこまで自分でやるかはその都度で悩みそうですね。
渡辺 : 以前は、立ち上げの段階までは関わって、動き始めてからは全部人に任せていた時期もありました。でも、年齢を重ねるなかで、音楽でも服づくりでも、それぞれに役割があると感じるようになったんです。自分にも「ここからここまで」という役割がある。僕にしかできないことは僕がやるべきだし、できないことはプロフェッショナルにお願いするべき。ちゃんとリスペクトを持ってお願いしたいから、まずは自分でやってみて、「これ以上は難しいな」と思うところから人に任せるようにしています。自分でやってみないと分からないこともありますから。
— どうりで、〈HEADS〉はすごく丁寧に進めてらっしゃる印象があります。
渡辺 : 〈HEADS〉は、何度も自分と対話を重ねてから始めました。僕の手から離れても、誰かに受け継いでもらえるような、長く残るブランドになるといいなと思っています。

— 〈HEADS〉より以前には1990年代の原宿で〈DOARAT〉もやっていましたが、どういうきっかけで始めたんですか?
渡辺 : そもそも福島の田舎から上京して東京に来たのは、大学で剣道をするためだったんですよ。高校生の頃はインターハイや国体にも出ているくらい打ち込んでいました。剣道の特待生として東京の大学に入ったんですけど、剣道部に在籍していたのは2カ月くらいだけで(笑)。練習は本当にしんどいし、寮生活にもなじめなくて、逃げるように辞めたんです。
— なるほど。
渡辺 : 剣道のために東京に来たわけだし、剣道部を辞めたあと、「これからどうしようかな」と考えたんですよね。剣道を続けた先には警察官か学校の先生か、という将来が見えていたけれど、「このままでいいのかな」と思うようになったんです。当時から洋服も音楽も好きでしたし、新宿のクラブに行くと、洋服屋の人や音楽をやっている人たちがいた。スタイリッシュで楽しそうな彼らと知り合ったり、仲良くしてもらったりするうちに、僕もそういう世界に入りたいと思ったんです。それで、洋服をやりたいなら一番の近道は原宿に行くことだろう、と通うようになったのが最初のきっかけです。

— 原宿へ行って、まず何から始めたんですか?
渡辺 : 雑貨屋さんの店員になりました。洋服屋で働くことも考えましたけど、どこかのブランドに入ったらそのブランドの服ばかり着ることになるし、古着屋なら古着ばかりになる。それは嫌だったから、特にそういったしがらみのない雑貨屋にしようと思って、原宿のお店で働き始めました。アルバイトから始めたんですが、いろいろあって社長が雑貨屋の事業を手放すことになって、「お前、この店やらない?」と言われたんです。19歳か20歳くらいでした。当時は学生だったから、学校を辞めて雑貨屋の経営をやるか、そのまま学生を続けるかの二択だったんですけど、そのときの僕は雑貨屋のほうが面白そうだと思ったんですよね。母親にはすごく反対されましたが(笑)。「原宿で店をやるからお金を貸してくれ」と頼み込んで、なんとか300万借りて、そっちの道に進んでいった感じですね。
— それが当時ラフォーレ原宿にあった『セルロイド』ですね。
渡辺 : そうそう。最初は浅草橋の問屋街で仕入れたサングラスとか帽子とかを売っていたんですけど、すぐに飽きてきたんです。国内で仕入れた雑貨を売るだけだと物足りなくて、もう少し広げていきたいと思うようになりました。それでオリジナルの雑貨をつくり始めて、韓国やタイで買い付けたものも置くようになった。その頃、DJも始めて、ヒップホップやハウスミュージックを聴くようになりました。TOKYO No.1 SOUL SETも、ちょうどその時期に始まっています。
ー ということは、音楽と服づくりは並行していたんですね。
渡辺 : うん、そうですね。バンドでも最初から音源を出していたわけではなく、仲間と夜遊びをしながら、Tシャツのグラフィックをつくって物販で売ったりしていました。イギリスでSoul II Soulが流行っていた頃、彼らのマーチのTシャツをプレゼントしてもらったことがあるんです。その当時はSoul II Soulは聴いたことがなかったけど、単純にかっこよかったから着ていたんですよ。それに影響を受けて、音源より先にバンドのグッズをつくるようになりました。そういった経験がTOKYO No.1 SOUL SETや〈DOARAT〉、〈HEADS〉を形づくっていったんですよね。
— 当時の原宿は、今とはずいぶん違いそうですね。
渡辺 : まるで違いますよ。当時は“隙間”だらけでした。面白いものを自分で見つけて、何かを新しく始められる余地があったと思います。
— 今はあまりそういう雰囲気ではないですよね。
渡辺 : どこかにはそういうコミュニティもあるんでしょうけどね。当時は店にいると、毎日のように誰かがフライヤーを届けに来るし、近所で新しく働き始めた人が挨拶に来たりもする。近所の古着屋や洋服屋の人たちとも顔を合わせる。土日になると、周りの店が両替に来ることもありました。僕の店には両替機のカードがあったから、それを借りに来るんです。今考えると、そういうやり取りも含めて、店が人と出会う場所だったんです。そういう意味ではラフォーレはいい場所でした。最後のほうは嫌いになったけど(笑)。
— 音楽にものづくりと、すごく充実していそうな毎日ですね。時間の密度が違うというか。
渡辺 : 振り返るとすごくバタバタしていた時期もあったけれど、「楽しい」としか思ってなかったです。お酒を飲んで、レコードを聴いて、面白いものを探して、いろんな人と話す。そういう時間がめちゃくちゃ楽しかった。極端に言えば、「自分は死なないんじゃないか」と思うくらい、無敵みたいな感覚でした。もちろん、当時の本業は小売りではあったから、売れないときは不安に感じることもありました。でも、「なんとかなるだろう」という根拠のない自信があったんですよね。音楽も服づくりも、経営も、誰かに教わってから始めたわけではなくて、現場で見たり、人と話したりしながら、「こうやったら面白いかもしれない」を自分なりに見つけてきたんです。もし基礎を勉強してからやろうと思っていたら、全然違っていたでしょうね。もうどれも続けていなかったかもしれない。

— 「現場で見つける」という感覚は、今も変わらずに持っているんでしょうか。
渡辺 : やっぱり現場がいちばん大事だと思いますよ。街をブラブラしていると、知り合いや友だちと偶然会って、ちょっと雑談したりしますよね。そういうところから面白い情報が入ってくるんですよ。今もライブを続けているのは、現場が好きだからです。今となっては無理に新しいものを取り入れようとは思わないけど、古くならないようには意識していますね。
— その感覚は、TOKYO No.1 SOUL SETの音楽にも通底しているように思います。
渡辺 : 僕らの音楽は、昔の音源をサンプリングして作っていて、サンプリングには、DJの文化が大きく関わっています。人のレコードを使って、どうやって聴く人を驚かせるか。何を選ぶかだけでなく、どんな文脈で、どのタイミングで使うかも大事なんです。そういう文化の中にいられたのは、自分にとって幸運だったと思います。
やめられないから」

— そうした、過去のものを掘り下げながら新しいものをつくる感覚は、ファッションにも通じていますか。
渡辺 : 古着も好きですし、クラシックカーにも惹かれます。昔のものを知ることは、新しいものをつくることにもつながると思うんです。ただ、古いものに傾倒しすぎるのも違う。最近はあえて古着を着ないようにしています。若い頃に好きになったものは今も好きなままだけど、年齢を重ねるなかで、身につけるものは少しずつ変わってきました。歳をとったなと思いますね。
— ずっとお若い渡辺さんも、そういうふうに感じることがあるんですね。
渡辺 : 今年の12月で60歳になりますけど、自分が年を取っていくことは、あまりリアルには感じていなかったですね。高校野球を見ていても、自分も高校生になった気持ちで見ていますし(笑)。でも、ふと気づくと、同じバンドで活動している若い人たちとは15歳くらい離れている。ホテルや飛行機を手配するときに生年月日を入れたりするから年齢を実感することはありますけど。演奏している最中はずっと20代の音楽を始めた頃の気持ちのままですね。

— 20代の自分に、今の自分から何か伝えるとしたら?
渡辺 : 「そのままでいろよ」ですかね。
— そう言えるのは、好きなことを続けてきたからでしょうか。
渡辺 : うん、そうですね。でも、好きなことがいちばん難しいんですよ。やめられないから。TOKYO No.1 SOUL SETもかれこれ30年以上続けているし、ものづくりも続けています。昔からずっと、自分で手を動かすのが好きだし、楽しいんですよね。やめたのはDJくらいかな。それ以外はあまり変わっていないと思います。
— DJをしなくなったのは、何か理由があるんですか?
渡辺 : DJで食ってる人がいるからです。自分もできるし楽しいけれど、誰かの仕事を奪いたくない。今もイベントに遊びに行くのは好きで、DJの友達もたくさんいるけど、DJを続けるのって本当にすごいなって思うんです。川辺くんとかもそうだけど、彼らはずっと現場にいるし、独特な軽やかさがありますよね。

— ちなみに、今回のコラボアパレルはアーティストのEric Hazeによるロゴをグラフィックに使わせていただいていますが、彼とはどういった関係なんですか?
渡辺 : 仲間がロサンゼルスから来日していたとき、通訳として同行していたのがヘイズだったんです。ちょっとファンキーな、ただのおじさん通訳だと思っていたんですけど、話しているうちに、「え、ヘイズじゃん」ってなって(笑)。本当に驚きました。
ー それは驚きますね(笑)。
渡辺 : すぐに仲良くなって会話しているうちに、Hazeが日本にいる期間ヒマだと言うから、東名阪のツアーを一緒に回ろうという話になったんです。それで、大阪のCLUB QUATTROでこのロゴを描いてくれたんですよね。ヘイズにはずっと憧れていたし、彼が描いたBeastie BoysやRun-D.M.C.、Public Enemyのようなアーティストのグラフィックにも惹かれていたから、そこにTOKYO No.1 SOUL SETが並ぶのか、と思うと感慨深かったですね。

— 背中にプリントされたギターのことも教えてください。これも、実際に使っていたものなんですよね。
渡辺 : これは1960年代に作られたイタリア製のビザールギターで、1995〜96年頃にライブで使っていて、アルバム『TRIPLE BARREL』のレコーディングにも使いました。〈Fender〉や〈Gibson〉のような、いわゆる“良い音”がするギターでもない。いろんなギターの要素が混ざっていて、「好きなものを全部詰め込んでやろう」という作り手の気概や好奇心を感じるんですよね。今は自分の手元には置かず、知り合いのお店に飾ってもらっています。
— 大切なものでしょうし、手元に置いておきたくなりそうですが。
渡辺 : 自分で持っているとダメなんですよね。ケースにしまったままにして、カビだらけになったりするんですよ(笑)。楽器は空気に触れさせたほうがいい。お店をやっている人は温度や湿度も気にしているし、飾ってもらって、誰かに見てもらえるほうがいいと思っています。大切にしてくれる人に渡すことが多いですね。
— 『TRIPLE BARREL』に始まって、現在に至るまでに9枚のオリジナルアルバムをリリースしていますが、楽曲の作り方にも変化はありますか?
渡辺 : 以前は自分たちのために曲をつくっていました。でも、長く続けてこられたのは、曲を聴いて、大切にしてくれた人がいたからなんですよね。今は、とにかくファンを裏切らないようにしたい。奇をてらうより、面白くて、聴いた人がわくわくするものをつくりたいんです。世の中では目まぐるしく流行が移り変わっていくけど、「TOKYO No.1 SOUL SETはやっぱりこうだよね」と思ってもらえるような音楽を届けたい。応援してくれる人たちにはいつも本当に感謝していますね。

— だんだんと外向きの思考になっていったんですね。
渡辺 : 若い頃は、本当に自分たちのことしか考えていませんでしたね。自分で言うのもアレですが、相当生意気だったと思いますよ(笑)。大人たちに必要以上にへりくだることもしなかった。ライブで曲間にMCをせず、3人でタバコを吸ってお客さんを待たせていたこともありました。今はそんなこと絶対しないですけどね。
— そんなふうに、フェスやライブへの向き合い方も変わってきたんですね。
渡辺 : フェスでもワンマンでも、やっぱり関わってくれたみんなに喜んでもらいたい。昔は周りのスタッフのことを気にしていなかったけど、今は気にするようになりました。周りの人が何を感じているかも含めて、その場を楽しめるようになったと思います。
— TOKYO No.1 SOUL SETは、90年代から活動を続けています。長く一緒にやってきたお2人とは、関係性も変わってきたんでしょうか。
渡辺 : 不思議と全然変わらないんですよね。昔から喧嘩はほとんどありません。たまに気に食わないこともあるけど、「これを言ったら会えなくなっちゃうかもしれない」と思って、いつも踏みとどまります。他のメンバーもそんな感じじゃないかな。
— 親しき仲にも礼儀あり、ということですね。
渡辺 : そうですね。そもそも、普段はほとんどメンバーと話さないんですよね(笑)。集合したときに挨拶はするし、ライブ中は話しますけど。説明しにくい関係ですね。最高のセックスレス夫婦みたいなものです。







