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  3. 道端のクローゼット 〜表現者と装いの関係〜 04:ジョンとヨーコ
  • アーティスト、ミュージシャン、フォトグラファー、デザイナー……。表現を生業としている彼らの装いは、作品のエキセントリックさに反して意外にも、なんの取り留めもないことが多い(例外はいるが)。しかし、彼らが生み出した表現物との関連性に思いを巡らせてみると、ずいぶんと見え方が変わってくる。

    この連載では、画家の小磯竜也さんとともに「表現者と装いの関係」を、彼らの人生や作品と照らし合わせながら考察していく。ライフスタイルとファッションの強固な結びつきは今や言うまでもないことだが、彼らはそれを、いち早く体現していたのかもしれない。道端から色を拾い、絵を描き、音楽を奏で、服を着る。第4回は、ジョンとヨーコと彼らの装いについて。

    絵・文 小磯竜也
    編集 重竹伸之

    ジョン・レノン John Lennon
    ミュージシャン

    1940年イギリスリヴァプール生まれ。ザ・ビートルズのメンバーとして活躍。 1969年、芸術家のオノ・ヨーコと結婚。音楽をはじめさまざまな形で、平和と愛のメッセージを発信していく。1971年に発表された 『IMAGINE』は、世界平和を訴えた名曲として歌いつがれている。1980年12月8日、ニューヨークの自宅前にて凶弾に倒れる。享年40歳。

    オノ・ヨーコ Yoko Ono
    前衛芸術家 / 音楽家

    1933年東京都生まれ。1950年代後半よりNYで芸術活動を開始。コンセプチュアル・アートの先駆者、前衛芸術家、音楽家として60年以上にわたり全世界へ向けてメッセージを発信し続ける。1966年、ロンドンのインディカ・ギャラリーで開催した個展でジョン・レノンと出会い、その後共に音楽・芸術活動を行なう。

    小磯竜也 Tatsuya Koiso(1989 - )
    画家 / アートディレクター / グラフィックデザイナー

    群馬県館林市生まれ、東京都在住。東京藝術大学絵画科油画専攻を卒業後、フリーランスの絵描き兼デザイナーとして活動を始める。2015年に中山泰(元Work Shop MU!!)の事務所を訪問。 面白い本などを見せてもらい刺激を受ける。 Yogee New Wavesや藤原さくらなど、ミュージシャンのジャケットアート、ポスター、グッズイラストなどを手がける。

    ポップってなんだ

    高校2年生の夏、東京の美術予備校の夏期講習に通っていたときのことだ。同世代の男の子に「なに聴いてるの?」と聞かれ、「ビートルズ」と答えると「えっ、ビートルズのなに?!」と言われたのでiPodの画面に映ったジャケを見せた。男の子は「1(ワン)…!笑」とバカにしたように笑った。『1』はビートルズのヒットシングルを集めた2000年リリースのベスト盤。当時の僕はモータウンの曲ばかり聴いていて、音楽が好きとか言ってビートルズを聴いていないのは恥ずかしいと勝手に思っていたので手始めにベスト盤から聴こうとしていた時期だった。

    あの夏から15年近く経った。昨晩妻に「最近なに聴いてるの?」と聞かれて、少し悩んだが「…ビートルズ」と答えてすぐ「でも最新の韓国のヒットチャートとかも聴いてるよ!」などと要らぬ言い訳をしてしまった。ビートルズを聴いてないことも、ビートルズばかり聴いてることも、どちらも自分にとってはコンプレックスになるらしい。

    決して年がら年中ビートルズを聴いているわけではないのだが、折に触れ聴き返す頻度が高いために、「なに聴いてるの?」と聞かれたときに高確率でビートルズを聴いていることになる。何度聴いても飽きない。つまり普遍的で、新しい。音楽評論家の細川周平が言ったとされる言葉で「ポップスとは大衆の理解を拒まない前衛」というのがあるが、まさにこれだ。自分が描きたい絵も、これだ。

    一方、オノ・ヨーコの肩書きをジョン・レノンの妻としか認識していない方は多いんじゃないだろうか。

    ヨーコの著書『グレープフルーツ』の詩に影響を受けてジョンは1971年に『Imagine』を作曲したが、ヨーコが共作者として正式にクレジットされたのは2017年になってからだ。いくらなんでも遅すぎる。1990年出版の『ただの私(あたし)』の中でもヨーコ本人が、自分は世界中から悪口を言われてきたと語っている。自分のしたいことを貫くような女は生意気だと。みんなヨーコの作品を知らないからそんなことが言えるんだ。

    いつかワタリウム美術館で『Play It by Trust 信頼して駒を進めよ(1966)』という作品を見た。なんて強くてシンプルで普遍的な表現なんだろうと感動した。(チェスの駒と盤が全て真っ白に塗られていて、駒を進めると敵味方の区別がなくなる)

    ジョンとヨーコのファッションについて髪型やメガネなど表面的なことを語るのは野暮な感じがするので、今回は2人の仕事(パフォーマンス)の中から服装に関係するものを紹介したい。

    この辺で一旦、ビートルズの「Happiness is a Warm Gun」を。(各自お聴きください)

    ©Tatsuya Koiso

    John Lennon
    A Salute to Sir Lew Grade

    ジョン・レノンの人生最後となったライブが1975年の『A Salute to Sir Lew Grade(ルー・グレード卿に敬意を)』というTV特番での演奏らしい。

    ルー・グレードはイギリスのTVプロデューサーで、ジョンはビートルズの楽曲権利を巡って彼と争っていた関係性がある。そんなルー・グレードを称えるための番組にジョンが出るってマジ??という目線で当時の映像を見てみると緊張感があって面白い。

    観客席は上流階級の優雅なパーティーといった雰囲気で、ほとんどの出演者が黒い正装でステージに立つ中、ショーの中盤で登場したジョンは真っ赤なレザーのセットアップでガムを噛みながら淡々と演奏を披露していく。しかもバックバンドのミュージシャン全員がスキンヘッドの後頭部にもう一つの顔面が付いた不気味なマスク(彫刻家のルビー・ジャクソンによる作品)をかぶっていて、これがルー・グレードの二面性を表現しているらしい。最高かよ。

    YouTubeで「A Salute to Sir Lew Grade」と検索してみてください。(演奏曲は『Slippin' and Slidin'(Little Richard)』『Stand by Me(Ben E. King )』『Imagine』)

    装いによって自分の立ち位置を明らかにするなんて、なんとワイルドでクールでポップで上品なこと。

    Yoko Ono
    Cut Peace

    オノ・ヨーコが1965年にニューヨークのカーネギーホールで発表した作品『カット・ピース』。服を着てステージ中央に座り込むヨーコの前には大きなハサミが置かれている。観客が1人ずつステージに上がってハサミで服の好きな部分を切り裂く。切り裂いた服の断片は持ち帰ってもいい。この作品について、誤解があるといけないのでヨーコ本人の言葉を引用する。

    "私が、誰かにものをプレゼントする、そのとき私は自分がプレゼントしたいものをあげる。それと同じで、従来の作品には、作者の自我が入っている。自我を観客に押しつけるわけである。私は、そういう自我を抜きとった無我の境地に立って作品を作りたいと思っていた。このモチーフを突き詰めていった究極のところで生まれたのが、この『カッティング・イベント』だったのである。自分が選んだものを他人に押しつけるのではなく、何でもいいから、あなたの好きなものを取って下さい、好きな部分を切って持っていって下さいという心情である。私は、一番いいスーツを着てステージに出た。ズタズタに切られるのだから安物でいいだろうという考えでは、私の意図と反してしまう。貧乏なときにそういうことをするのはちょっとつらい。"(「ただの私(あたし)」より引用)

    客にハサミを持たせるのは当然、危険を伴う。客席は沈黙し、ヨーコはじっと宙を見ている。このときのヨーコはハサミを持つ客を信頼して任せているわけではないだろう。この緊張感。何が起こるかわからないヒリヒリした感じ。この社会に潜む暴力性を自身の身体をもって視覚化してみせた、コンセプチュアルアートの傑作だ。

    ヨーコは自身とジョンの違いについて、自分は前衛的な仕事をどんどんしていくが、ジョンは常識的なところがあって、前衛的な仕事をグッとこらえて戸棚にしまい大衆にわかる仕事を世界に発表する、と言っている。僕はこの2人の少し違う仕事への取り組み方が、どちらも本当に素晴らしいと思う。ぜひ「Yoko Ono, Cut Pieace」と検索してヨーコの動画も見てほしい。

    ジョンとヨーコの、雰囲気も文脈も異なる各ステージから、同じような得体の知れない緊張感を感じることだろう。では、ここでジョンレノンの『God』、オノヨーコの『女性上位ばんざい』を2曲続けて(各自)お聴きください。

    何を着るか、どこで着るか、それによって目に見えないものを見せたり、口に出してないことを言えたりするのも服の力だ。誰だって、周囲に溶け込みたいときもあれば、意地でも溶け込むもんかというときもある。僕もそうだ。昨年の冬はよく着ていた蛍光オレンジのコートを、今年の冬はまだ1回しか着ていない。最近の自分は景色に溶け込みたい心境なのかなと、新年に鏡の中の男を見て思った。

    担当編集より

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    「周囲に溶け込まない、主張の強い服で」と小磯さんからリクエストを頂きました。個人的にジョンのファッションを考えたときに一番最初に思い浮かぶのがデニムの上下だったりして、いろいろ探していたらちょうどいいセットアップがありました。

    綺麗な発色で、どこかヒッピーライクな雰囲気もあるグリーンのセットアップはDAIRIKUのもの。ジョンが存命だったら、今年で83歳。もうおじいちゃんだけど、こんなの着ていたらかっこよくないですか?(重竹)