どんな表現者の煌めきも、はじめはひとつの灯火だった。
2022年のJOURNAL STANDARD relume×Snow Peakコラボコレクションのキーテーマである「焚き火」。本企画では現代に煌めく表現者を迎え、その原点を探るインタビューを実施。
第3弾は、ジャズやブルーズ、R&Bをルーツに持ちながらも90年代以降のブラックミュージックを経由した現在進行形のサウンドプロダクションと、スモーキーでどこか憂いのあるアルトボイスが音楽ファンの間で熱い注目を集めている23歳のシンガーソングライター・さらさと、彼女のファーストEP『ネイルの島』にも参加し、ライブでもサポートを務めるYogee New Wavesのドラマー・粕谷哲司による対談。
歳こそ離れてはいるが、音楽以外にも様々な趣味を持つなど共通点も多い二人。今回、お互いの交流のきっかけや、共演した時のエピソードなどざっくばらんに語り合ってもらった。
会って当日に「今度ドラム叩かせてくれよ!」って話になりました
お二人の交流はどんなふうに始まったのですか?
さらさ:ある日、シンガーソングライターのDino Jr.から「ヨギー(Yogee New Waves)の哲ちゃん(粕谷)たちと吉祥寺で飲むからおいでよ」って連絡が来て。楽しそうだったから行って、そのときに会ったのが「初めまして」だったね。
粕谷哲司(以下、粕谷)うん。後から聞いた話だと、僕らの気が合うんじゃないかと思ったDinoくんが引き合わせてくれたみたい。
さらさ:Dinoは人と人を合わせるのが得意なんだよね。私が行った時には、すでに他にも何人か来ていて。吉祥寺のバーみたいなところだったんですけど、Dinoが「この人とこの人は隣ね」みたいな感じで席順も決めてくれて(笑)。それで私たちは隣になって案の定すぐに意気投合しました。私は結構、人見知りをするタイプで、突然知らない人の隣に座らされたので最初は戸惑ったんですけど(笑)、たしか……坂本慎太郎さんの話になったんだよね?
粕谷:そうそう。コロナ禍で坂本さんがリリースした“好きっていう気持ち”の歌詞や曲調が、「今の自分のメンタリティにフィットしすぎててヤバいんだよね」という話をした時にめちゃくちゃ共感してくれて。
さらさ:「めちゃめちゃわかる!」って(笑)。
粕谷:さらさとは結構歳が離れているけど、全然そんなふうに感じなかったな。やっている音楽を聴かせてもらった時もシンプルにいいなと思ったし。ちょうどその頃、自分自身がYogee New Waves以外も個人での活動も始めたいと思っていたタイミングでもあったので、会って当日に「今度ドラム叩かせてくれよ!」って話になりました。
さらさ:「いいんですか?」って(笑)。その後にすぐ、私のデビューシングルのリリースパーティーがあったので、まずそこでサポートをお願いしました。そこからバンドセットでライブをする時にはいつも哲ちゃんにお声がけしています。先日の沖縄でのライブでは初めて哲ちゃんとデュオで出演しました。
粕谷:もう、最高だったよね。デュオ編成でのライブは俺もさらさも初めての経験だったけど、バンドとは全然違うなって。
それはどんなところが?
粕谷:バンドだと何人かで協力し合いながらアンサンブルを作り上げていくわけですが、二人だとお互いに全てをぶつけ合いながら演奏しなきゃならないんです。単純に音数が少ないので、自分の中にある「引き出し」をどんどん開け放していかないと、さらさにもお客さんにも伝わらない。ものすごく難しかったけど、それ以上にものすごく楽しかった。「これはもう、定期的にやっていこう」という話になりました。
さらさ:ほんとうに不思議な感覚だった。弾き語りで人前に立つのとも、バンド編成で歌うのとも全然違うから、ずっと「なんだこれ……」という気持ちでいましたね。終わった後に哲ちゃんにも言ったんですけど、相手が「崖」でもあり「命綱」でもあるような存在がずっと隣にいるような感覚なんですよ(笑)。一緒に演奏していてパッと助けられることもあるんですけど、崖から落とされるんじゃないか? っていうくらい追い詰められることもあって。
あははは。「コミュニケーションの極地」みたいな感じですね。
粕谷:おっしゃる通りです。ステージ上にアイコンタクトする相手が一人しかいないので、演奏を生かすも殺すも目の前の相手と息を合わせられるかどうかにかかっている。(息が)合った瞬間に勝手に体から出てくるフレーズもあれば、お客さんとの間に生まれるグルーヴもあって。
さらさ:もしこれがバンドセットなら「この瞬間に絶対に目を合わせるだろうな」と思うところでは、二人だと逆に一切目が合わなかったりして。
粕谷:そうそう(笑)。とにかく今までにない経験だったよね。
さらさ:まだまだ面白く出来そうな気がするし、「しばらくこれで頑張ってみよう!」と思えるライブになりましたね。
今回リリースされる、さらささんの1stEP『ネイルの島』にも粕谷さんは参加されているんですよね?
さらさ:はい。“祈り”というシングル曲のドラムを哲ちゃんにお願いしました。この曲はもともと打ち込みのリズムに歌をかぶせたデモ音源をスタッフと共有していたんですけど、ライブの時にバンドセットで演奏したら、周りの人たちが「この曲はライブのほうが断然いいね」「ドラムは生の方が絶対いいよ」と言ってくれて。だったら、打ち込みと生ドラムをミックスしてみたらどうだろう? という話になりました。
粕谷:個人的にはデモの段階でかなりいい感じだと思っていたので、逆にどうやってアプローチしようか悩みましたね。正直、生ドラムの要素はなくてもいいのかなと思っていたんですけど、アレンジが進んでいって、ギターやベースが重なっていった時に「この感じだったら、打ち込みっぽくも生ドラムっぽくも聞こえるような、絶妙なバランスを取ればハマるんじゃないかな」と。なので、サウンドの作り込みはかなりシビアに行いました。打ち込みの中で生ドラムを叩くのも初めての経験だったので、とても刺激的でしたね。
あえて「音楽がしたくてもできない時間」を作る
さらささんは、曲作りのアイデアはどんなところから降りてくることが多いですか?
さらさ:自分が好きな感じの曲や、聴いていてテンションが上がる曲に出会った時にふとインスピレーションが湧いてくることが多いです。なので、この世にいい曲がある限り曲は作り続けられると思っていますね(笑)。しかもそうやって作った曲を世に出せば出すほど「湘南っぽい」「海を感じる」と、自分の出身地である湘南のことを曲の中から感じ取ってくださる人が増えてきて。確かに自分の歌詞は、育ってきた環境に影響されているなと改めて思います。そういう意味では、曲を作ることで自分自身をより深く知っていくような感覚もあるんです。
粕谷さんはいかがでしょう。普段ヨギーでどのようにドラムパターンを考えているのですか?
粕谷:ここ最近は、どんどん「肉体的」になっているというか。頭で考えるよりも体から勝手に出てくるものを大切にすることが多くなってきていますね。ロジカルの部分ももちろん大切なんですけど、例えばスタジオにみんなで集まって音を合わせている時など、ふと出てくる手癖ではない自分だけのグルーヴやフレーズを大事にしていった方が、オリジナリティの高いドラマーになれるんじゃないかなと。
そのためにはご自身の体のバランスなどを意識することも多い?
粕谷:めちゃくちゃ多いです。睡眠のリズムや呼吸の仕方、日常的な運動などを意識しなければ、クリエイティブなものは生み出せないんじゃないかと思っているんです。なので、週一で必ずプールには行くし、就寝や起床の時間もなるべく一定にして。そうやって作った最高のコンディションでドラムの前に座っていたいなと思っていますね。
さらさ:わかる。音楽以外の部分もすごく大事だよね。私はあえて「音楽がしたくてもできない時間」を作るようにしていて。例えば仕事をしている時間は好きな曲を聞いたり、自分で曲を作ったり出来ないじゃないですか。その時に自分の内側から湧き上がってくる「曲が作りたい!」「音楽を聴きたい!」という欲求を大事にしたいというか、自分の中に溜め込んでおきたいんです。ありがたいことに今は、いくらでも音楽に時間をつぎ込める環境にいるので、逆にどうやって制約をかけるか、不自由な環境にするかを考えていますね。
確かに制限を設けた方がクリエイティブな発想が生まれやすくなったり、締め切りがあった方がモチベーションも上がったりしますよね。
さらさ:そうなんです。なので、今は絵を描くなどしてバランスを取っていますね。最近は友人と土偶や埴輪を作ることにハマっているんですよ。普段は土とか触らないから新鮮ですし、ワインを飲みながらほろ酔いで作っているとめちゃくちゃ気持ちが解放されるんです(笑)。
粕谷:楽しそうだね。俺は、最近は「切り絵」にハマっていて(笑)。
さらさ:しかも、ジャズを聴きながらやってるんでしょ?
粕谷:そう(笑)。ヨギーのグッズやフライヤーのデザインをしてくれた事がある小磯(竜也)くんと新たに始めた趣味なんですけど、「粕谷くんはドラムの人だから切り絵をやった方がいい」と勧められたんです。小磯くんいわく、切り絵は一回切ったら後戻りできないところが音楽に似ている、と。それで、二人で色紙を切って貼っていくということを順番にやりながら1枚の絵を完成させているんですよ。それがちょっとジャズのセッションに似ているというか、相手に合わせたり、あえてリズムを崩したりしながら自由に切り絵を貼り付けていくのが楽しくて仕方なくて。
さらさ:私も見せてもらったんですけど、めちゃめちゃ良くて。
友人や恋人、家族と一緒にやったらめちゃくちゃ楽しそうですね。
粕谷:そうなんですよ。ちょっと楽し過ぎて、まだ広めるのはやめておこうと思って二人でこっそり楽しんでいます。
ミュージシャンの道へ背中を押したもの
お二人は、これまでに何かターニングポイントとなった出来事はありますか?
さらさ:私はセッションミュージシャンになりたくて音楽活動を始めたのですが、だんだんしんどくなって2018年に一度、音楽を辞めているんです。聴くのも辛くなってしまったので、湘南の中華料理屋でバイトしながら1年くらい古着を売ったり絵を描いたり、イベントを企画したりしていたんですけど、その時に株式会社yutoriの社長に出会ってインターンをさせてもらった経験はものすごく大きかったです。「君は絶対センスがあるから」と言っていただいて、湘南からの交通費を出してくれたり、いろんなところに連れて行ってくれたりして。音楽活動を再開して今のスタッフと出会ったのも、その社長が繋げてくれたんです。なので、その人がいなかったら、自分の人生はかなり違っていただろうなと思いますね。
そんな背景があったんですね。それまでミュージシャンはずっと志していたんですか?
さらさ:高校生の時は、音楽はすごい好きだけど仕事にしていくことは無理だと思っていました。でも、初めて外部のセッションを出た時に、元SOIL&"PIMP"SESSIONSの元晴さんが主催のセッションでMVPをいただいたんです。「この方々がMVPをくれるならいけるかもしれない」って思って。人に認めてもらったことをきっかけにやってみようってなりました。自分から絶対に自分はできる!って思っていたわけではなかったので、たまに自分って職業:ミュージシャンなんだなって思い返して超幸せになります(笑)。
粕谷さんはいかがですか?
粕谷:僕は大学を卒業後、就職してしばらく働きながらヨギーの活動をしていたんです。音楽でご飯を食べていくっていうことはギリギリまで現実的に考えていなかったので、仕事の合間に音楽活動をすることがベストな距離感だと思っていました。ある時、NHKから出演オファーがあって。結構大きな番組だったし絶対に出たいと思ったのですが、その収録が平日だったために仕事を休みにするのに苦労しました。
それで、いよいよ会社勤めをしながらのバンド活動は無理だなと思って退職することにしたんです。ただ、さすがに仕事を辞めてすぐには食えなかったので、昔からの知り合いが経営しているバーに相談しに行ったんですね。「実は仕事を辞めちゃって。俺のこと使ってくれないですか?」とダメ元で言ったら「とりあえず明日からでも来いよ」みたいに言ってくれて。そこで時々カウンターに立ちながら、ヨギーを続けていたんです。さらさ:へえ!
粕谷:そのバーが常連さんばかりのお店で、20歳くらいの若い子から70歳くらいのおじいさんまで客層も幅広くて。そういう人たちと、お酒を提供しながらのコミュニケーションは、自分の人生経験としてかなり大きかったですね。そこでいろんな価値観が自分の中に入ったと思っています。
哲ちゃんに泣きながら電話したことがあったよね?(笑)
コロナ禍になってからは、お二人の考え方に変化などありましたか?
さらさ:私は自分自身の悩みをなるべく周りの人に話すようになりました。今まで自分はいろんなことに強がっていたんですけど、そういうのはもうやめようと思いましたね。相手に何か解決策を求めていなくても、自分の思っていることを率直に話すことで、ハッと気付かされるような言葉を全く違う視点からいただいたり、気晴らしになるようなことを提案してもらったりすることが多くて。哲ちゃんにも泣きながら電話したことがあったよね?(笑)
粕谷:あったね(笑)。
さらさ:私、泣きながら人に電話したことなんて生まれて初めてで。でも、哲ちゃんはきっとそういうのを受け止めてくれると思ったんです。人生経験も豊富だし、自分よりも解決のための思考の糸口をたくさん持っていると思ったので。しかも、すごく近い感覚を持っている方だから「とりあえず哲ちゃんに相談したらなんとかなるだろう」って(笑)。
粕谷:嬉しかったですね。自分もこれまでの音楽活動の中で、自分の頭で考えたり、時には人に頼ったりしながら解決策を見出してきたので。もちろん、彼女くらいの年齢の頃は、同じような悩みを俺も抱えていたし。その時にやっぱり年上の先輩に頼ったり、助けてもらったりしていたから、自分も同じようなことができたらいいなとは思いました。
さらさ:哲ちゃんは共感したり同情したりするのではなくて、「いや、それは違うよ」みたいにサラッと言ってくれるんです(笑)。それで気づくことがすごく多くて。思考が堂々巡りにならないというか、新しい突破口を開いてくれる感じでほんとうにありがたかったです。それからは、哲ちゃんのことは「師匠」と呼んでいますね。酔っ払った時だけですけど(笑)。
粕谷:僕自身もさらさに学ばせてもらっているというか。しっかりした考え方を持っている人だし僕より大人だなと思う瞬間もあって。「悔しいなあ」と思いつつも(笑)、すごく影響を受けていると思います。
さらさ:嬉しいです。私は今、自分がワクワクすることはなんでもやろうと思っていて。たとえ音楽と直接繋がっていなくても、どこかでリンクしているんじゃないかなと思うし、今はあまりそういうことは考えずにいろいろなことにチャレンジしていきたいですね。絵も土偶作りも全力でやりたいし陶芸もやってみたい。壺作りも視野に入れているんです(笑)。
粕谷:いいね!(笑) 僕は今、音楽が純粋に楽しいタームに入っているので、音楽でできる表現の幅をもっと広げられたらいいなと思っています。実は最近、ピアノを購入したんですよ。新しい楽器をマスターすることで、ドラムを中心とする音楽表現の幅をもっと広げていきたいですね。
さらさ
湘南出身、弱冠23歳のシンガーソングライター。湘南の“海風”を受け自由な発想と着眼点で育ってきた。音楽活動だけに留まらず美術作家、アパレルブランドのバイヤー、フォトグラファー、フラダンサーとマルチに、そして自由に活動の場を広げている。悲しみや落ち込みから生まれた音楽のジャンル“ブルース”に影響を受けた自身の造語『ブルージーに生きろ』をテーマに、ネガティブな感情や事象をクリエイティブへと転換し肯定する。そこから創り出される楽曲は、ジャジーなテイストを醸し出しソウル、R&B、ROCKあらゆるジャンルを内包しALTERNATIVEな雰囲気を纏い、聴く者を圧倒する。どこかアンニュイなメロディの楽曲と、憂いを帯びた歌声は特にライブ(生演奏)でその力を発揮し、見るものを虜にする。SNSメディアを中心に、書籍・映画等あらゆる展開を続ける体験投稿サービス”純猥談”への楽曲提供や、既存のパッケージに囚われず、完全DIY、完全ハンドメイドで作成したCDは手売りのみという状況の中、音楽関係者や“耳年増”なリスナーの目に留まり、若い世代を中心に注目を浴びている。
粕谷 哲司
Yogee New WavesのDrを務め、2014年4月にデビューe.p.『CLIMAX NIGHT e.p.』でデビュー。昨年、4thアルバム『WINDORGAN』をリリース。全国各地の野外フェスの出演やアジアを中心に海外公演を重ねる。自身は無類の釣り好き&カレー好きで知られ、ラジオ番組出演など活動の幅を広げる。
http://yogeenewwaves.tokyo/
https://www.instagram.com/kas_fe4/
Text:黒田隆憲
Photo:大石隼土
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