
狂気的。変態的。一見するとミニマルで洗練さえ感じさせるScyeの洋服の“実態”をよく知る者たちは、口を揃えてそう表現する。素材やカッティング、内部構造にまで配慮されたアナトミカル(解剖学的)な服作り。表には決して出てこない“秘密”を見つけた着用者たちはみな陶酔し、愉悦に浸る。
金子恵治もそのうちの1人である。Scyeの2022年春夏コレクションのとあるピースに金子が心を奪われたことが発端となり、誕生した全4型のアイテムは、いずれもその変態的なクリエイションを全身で感じられる仕上がりに。本インタビューでは、4月2日(土)の発売に先駆けて1型ずつを紐解くと同時に、デザイナーの日高久代とパターンカッターの宮原秀晃の証言から、Scyeの22年間の軌跡を辿っていく。

狂気的。変態的。一見するとミニマルで洗練さえ感じさせるScyeの洋服の“実態”をよく知る者たちは、口を揃えてそう表現する。素材やカッティング、内部構造にまで配慮されたアナトミカル(解剖学的)な服作り。表には決して出てこない“秘密”を見つけた着用者たちはみな陶酔し、愉悦に浸る。
金子恵治もそのうちの1人である。Scyeの2022年春夏コレクションのとあるピースに金子が心を奪われたことが発端となり、誕生した全4型のアイテムは、いずれもその変態的なクリエイションを全身で感じられる仕上がりに。本インタビューでは、4月2日(土)の発売に先駆けて1型ずつを紐解くと同時に、デザイナーの日高久代とパターンカッターの宮原秀晃の証言から、Scyeの22年間の軌跡を辿っていく。
PROFILE
日高久代(Scye デザイナー)&宮原秀晃(Scye パターンカッター)
文化服装学院を卒業後、数社のアパレル企業でそれぞれデザイナー、パタンナーとしてキャリアを積む。2000年に独立し、Masterpiece and Co.を設立。同時に、Scyeをスタートさせる。ブランド名は、テーラー用語で袖ぐりを表す、サイ(Scye)に由来している。金子恵治(L'ECHOPPE コンセプター)
セレクトショップ・EDIFICEにてバイヤーを務めた後に独立。その後、自身の活動を経て、2015年にL'ECHOPPEを立ち上げる。Instagram:@keiji_kaneko
小坂憲太郎(L’ECHOPPE渋谷店 スタッフ)
モードや芸術への造詣が深く、その審美眼にはブランド内でも定評がある。今回の別注企画では金子恵治とともにアイテムの選定などを行い、企画の実現に貢献した。Instagram:@perao_k
「ひとつひとつの線には意味がないといけない(宮原)」
―Scyeの設立は2000年ということで、まずはブランド設立の経緯から伺わせてください。
宮原:もう22年目ってことですね。
金子:日高さんとは前職のトランスコンチネンツからご一緒だったんですよね?
宮原:文化服装学院から一緒だから、もう30年以上の付き合いになります。トランスコンチネンツには卒業後の1990年頃、ブランドの立ち上げから参加していました。
金子:あ、立ち上げから携わっていたんですね。
宮原:準備期間もあったので、ブランドデビューの1年前くらいからいましたよ。トランスコンチネンツに7年間在籍したのち、チームでワールドに移籍して、そこでオブレロというブランドを立ち上げましたと。
金子:オブレロ。伝説のブランドですね。そっか、そこからもういまのScyeと同じチームなんですね。
宮原:ええ、Scyeで営業・生産管理をしてくれてる保坂も同級生で、ずっと一緒のチームでやってますね。
金子:Masterpiece and Co.を立ち上げたのもワールドに在籍しているときでしたよね?
宮原:そうですね。Masterpiece and Co.として、ワールドと法人契約をしていました。そのころはドレステリアの仕事がメインだったのですが、何か我々で服作りをしたい、新しいブランドを作りたい、というところで始めたのがScyeです。
―最初は15型ほどのサンプルからスタートしたと。
宮原:そのサンプルを持っていろんなところに営業に行きましたね。当時は本当によく働いていました(笑)。
小坂:以前に宮原さんからお聞きした、「新聞の配達が来るか、俺が先に帰るか」という話が衝撃的でした。
宮原:朝刊だから、朝の4時とかですよね。いつも勝負していて(笑)、「今日は負けた」「今日は勝った」というのが日常でした。
―まるで馬車馬のように働いていたわけですね。
宮原:あのころは自分たちのことを“回遊魚”と表現していましたね。
日高:泳ぎを止めたら死んでしまうと本気で思っていました。
宮原:それくらいの覚悟でしたね。当時の僕は34歳で、働き盛りではありますが、もう若手って感じでもない。最初の1年は全部、何もかもを2人でやっていて、そのあと2年目くらいで保坂が遅れて合流してきて、ようやく原宿にMasterpiece and Co.としての事務所を借りたんですよね。
金子:ぼくが初めておふたりとお会いしたのもその頃ですよね。
日高:初めての展示会の案内状を、当時EDIFICEのバイヤーをしていた金子さんにもお送りしたら、その案内状をお持ちになって来てくださったんですよね。どこの誰なのかも分からない、我々の展示会に。
―金子さんが見たScyeのファーストコレクションはどのような印象でしたか?
金子:その頃のぼくは当時のEDIFICEのテンションもあり、フレンチに傾倒していて、クラシックな洋服が好きだったのですが、Scyeのアイテムは見たことのない概念が混ざったクラシックな洋服、という感じで、とても新鮮に感じたのを覚えています。思うと、Scyeの洋服を初めて見てからもう20年経っているわけですが、印象が全然変わらないんですよね。
宮原:たしかに、そうかもしれませんね。ずっと同じ人間がやってるからですかね。
金子:モノづくりだけでなく、みなさんの雰囲気やスタンスもまったく変わっていませんよね。
宮原:変わってないですね。我々はずっとこうです。日高は寡黙で、ぼくは喋りまくるっていう。
日高:そうね、成長がないというかね(笑)。
宮原:20年以上ブランドをやっていて我々が共通で持っている考えは、とにかく続けていくのが一番大事ということです。そのためには一生勉強、ですね。
金子:おふたりは信念を持って愚直にモノを作り続けることに本当に集中されていると思いますし、モノづくりをするにおいて、それ以上大切なことってないですよね。
宮原:そうですね。ただ、ぼく1人ではやっぱり何もできないし、日高とふたりでやることでいいバランス感になっているとは思います。しかし、日高は変なアイディアを出してくることもあって「そんなの無理だよ!」って言いたくなることもたくさんあるわけです。
金子:そういうこともあるのかな、と思っていました。
宮原:ありますよ。大変です(笑)。一回だったら作れるけど量産になったら無理だよね、とか、そういう話をしても日高は曲げないから、実現可能なやり方をぼくの方で考えて「これならどう?」とか提案しながら、すり合わせて立体化していってるわけですね。
―Scyeの洋服の基本とは?
宮原:“Nobody knows”というテーマがありまして、誰も気が付かないところに手をかけたいという、ちょっと変態的な考え方ですね。我々の親友にWim Neels(ウィム・ニールス ※TAILLEやDAILYを手がけるファッションデザイナー)という男がいるのですが、彼に僕らの洋服を見せると「Umm……Nobody knows……」って言われるんですよ(笑)。
金子:(笑)。
宮原:あえて公表はしませんが、ちょっとした仕様の工夫が、その洋服を何年、何十年と先まで着られるものに昇華してくれたりするわけです。そんなぼくらのこだわりに着ている人が気が付いてくれたときは、すごく嬉しいですね。「ここ、こうなっていたんですね?!」とか言われると「あ、気付いた?」って(笑)。
金子:そもそも、どのような体験をして、今の考え方になったんですか?
宮原:サヴィル・ロウの古着のテーラリングの美しさや、軍服の理に適った無駄のないデザインの美しさに触れたことが理由としては大きいかと思います。軍服なんかは特に機能美というか、機能自体がデザインになっているんですよね。これはScyeとしてもすごく大事にしている考え方で、洋服には“機能線”と“デザイン線”があり、ひとつひとつの線には意味がないといけない。可動性を考えてここをつまんだから、ここに線ができる、というように、“機能線”が結果として“デザイン線”になるべき、というのが我々のルールです。
金子:なるほど。
宮原:我々が華美なデザインをしないことや細かいところにこだわっているのは、根本には一生着られるものを作りたい、という考えがあるからです。100年後にScyeのコートが古着屋に並んでいて「あ、Scyeのコートじゃん」ってなったら、これ以上嬉しいことはないです。実際、100年前に作られたバーバリーやアクアスキュータムのコートが古着屋には並んでいて、古いモノではありますが、色褪せてはいない。我々も、そこに肩を並べるようなものを作りたいと思っています。
小坂:L’ECHOPPEのお客様で、10年以上同じScyeのジャケットを着続けている方もいらっしゃいます。
宮原:そういう方がとても多くて。作り手としてはすごく嬉しいんですよ。金子くんも、20年前のScyeのスウェットを持ってきてくれたことがありましたよね。
日高:あれ、かなり嬉しかったです。ヴィンテージになりうる服を目指してブランドの初期に作ったものを、リアルに着続けてヴィンテージになった状態で見せてもらって。すごく感動しました。
宮原:本当に嬉しかった。こういうふうに大事に着てもらえるのって我々の本望だから。
金子:あれは2001年に購入してずっと着ていたスウェットで、Scyeのモノづくりの真髄に触れたきっかけでもあります。2021年にあのスウェットを忠実に再現したスウェットをL’ECHOPPEの別注で復刻していただいて、そこからたびたびご一緒させていただいていますね。
―今回別注で製作した4型は、これまでとは少し趣向が異なるように感じました。何が発端となり、製作に至ったんですか?
金子:Scyeの2022年春夏の新作を展示会で見ていたのですが、ぼくの中のScyeのイメージとはかけ離れたスリーブレスのジャケットがあったんです。それはレディースのアイテムだったのですが、Scyeのレディースについてはこれまで注視できていなくて「こういうのもあるのか……」と衝撃を受けました。そのジャケットが気になりすぎて無理やり着てみると、やっぱり宮原さんのパターンなんですよね。そこで「これ、メンズでもできないかな?」と思い、声をかけさせていただきました。
宮原:展示会でそんなこと言ってくるのは金子くんだけですよ(笑)。
金子:そんなことばかり考えながら新作を拝見していました(笑)。優れたクリエイションを見ると、そのブランドの違うところを引き出してみたい、と考えてしまうんです。
宮原:ちゃんとモノを見る目ができあがってる人なんでしょうね。
金子:いえいえ、とんでもございません……。Scyeの、特にメンズラインのイメージを裏切りつつも、デザインモノでもその信念が貫かれている、ということを提示できたら面白いかなって思ったんです。
宮原:たしかに、Scyeに対して、綺麗で正統派なものをイメージする人も多いかと思います。でも、日高は結構奇抜なことを考えたりしてるんです。そもそもScyeのモノづくりは、仕様はこうじゃないといけないとか、自分でルールを決めてしまっている部分があるからそれが足枷になることも多いんだけど、デザインモノだからといってもそこはやっぱり変えられない。どんなアイテムでも、完璧を求めてしまうのが我々のサガですからね。
―他のアイテムに関してはどのような経緯で?
金子:こういうアイテム(スリーブレスジャケット)もあるんだ、ってところから、「もっといろんなものを作ってたよ」と過去のルックブックや資料をすべて見させていただいて。
宮原:そこでアーカイブシリーズというか、Scyeのデザインモノにフォーカスしたコレクションを作りたいね、ってなったんですよね。Scyeの中でも異端的というか、少し変わり種に見えるピースを集めて、カプセルコレクションとしてまとめた、というわけです。
金子:全部見たうえで、特に面白いと思ったものをピックアップした結果、4型中3型がレディースのアイテムになりました。アイディアとしては存在していたけど、レディースのアイテムのデザインをほとんどそのままにメンズへ落とし込んだというのが、ちょっと新しいところなのかなって。
宮原:あまりここまでのデザインモノはメンズではやってこなかったので、Scyeを知ってくれている人からしたら新鮮に見えるかもしれませんね。
金子:ちなみに余談ですが、Scyeの2022年秋冬コレクションにはちょっとモードっぽいフレーバーのアイテムが増えていて、とても嬉しくなりました。
宮原:まさしく金子くんたちのおかげで火がつきましたね(笑)。こういうのもありなんだなと。新たなScyeの一面をもっとみんなに知ってもらいたいなって、今は思っています。
SCYE EX Rayered Shirt
比翼仕立てのレギュラーカラーシャツのインにバンドカラーのプルオーバーシャツをレイヤリングしたかのような摩訶不思議な一着。
SHIRTS ¥46,200(TAX IN) -
日高:10年近く前のアーカイブのサイズバランスをメンズ向けに調整しました。素材はトーマスメイソン。デザインモノではありますが、細かい仕様はほぼドレスシャツですね。モード感はありながらもこれ見よがしにならないよう意識していて、間違いなく苦労はしているんですけど、その苦労が透けて見えるのはちょっと嫌で。最終的には素通りしちゃうくらい自然なものになりました。
宮原:日高からデザインをもらったときにこんなの縫えないと思ったし、実際工場にも「これは縫えない」と言われました。けど、テストで部分縫いを作って、「いえ、縫えますよ」って食い下がりましたね(笑)。モノづくりって、そういうことの繰り返しなんですよね。
金子:レイヤード部分が綺麗すぎて、いっさい外側に響いていないのが本当にすごい。美しいシャツですね。僕は素通りしないように気をつけます。
小坂:本当にアイロンが大変なシャツです。洗いざらしで着るのもかっこいいと思います。
SCYE EX Roll Shirt
袖捲りをした際のアームのディテールをそのままデザインに落とし込んだ、日高氏の狂気的な一面が垣間見える一着。金子氏曰く「パタンナー泣かせなシャツ」。
SHIRTS ¥46,200(TAX IN) -
日高:展示会でラックにかかっている状態を見たら、誰かが袖を捲って試着して、そのまま戻したのかな? と思うかもしれない。それくらいのナチュラルさを目指しました。
宮原:袖を表に出すことで見えている剣ボロは普段のScyeのシャツと同じ仕様です。見えない部分にもこだわっているよ、ということが露わになってしまうのは嬉しくもあり、恥ずかしくもありますが、こんなデザイン考えるの、本当に馬鹿げていると思いますよ。
金子:普段のさりげない仕草で起こることをそのまま形にした、みたいなのがとても好みですし、美しいと思います。
小坂:ルックを拝見させてもらっているときにこのシャツを「なんか気になるな」と思ってじっと見ていたら、日高さんが仕組みを説明してくださって。「なんか気になるな」は気のせいじゃなかったんだなと。日高さんの狂気をそこかしこに感じるシャツです。
SCYE EX Vest Jacket
今回の別注企画の発端となったスリーブレスジャケットは2000年代初期のモードブランドのそれを彷彿とさせる。それでいて古臭さは一切感じさせない。
VEST JACKET ¥79,200(TAX IN) -
日高:2022年春夏シーズンで作ったScyeのウィメンズのアイテムがベースになっています。スリーブレスのジャケットですが、ただ単にジャケットから袖を取った、というわけではなく、宮原にはこれ用にパターンを引いてもらいました。
宮原:こういうのは肩が大事。肩がふわふわしちゃって、しっかり覆われていないと殿様みたいになっちゃうんですよね。
金子:Scyeのモードな一面をさらけ出す、という裏テーマが、このベストを見た瞬間に決まりました。
小坂:20年ほど前の、モードファッション全盛期の匂いを漂わせつつも驚くほど立体的な造りで、いわゆるモードブランドのそれとは一線を画すクオリティになっています。Scyeの仕立ての良さも存分に感じていただけるかと思います。
SCYE EX Knit
おでんに見られる、切れ込みを入れて拗らせた手網こんにゃくの手法を応用して製作された、通称“こんにゃくニット”。
KNIT ¥49,500(TAX IN) -
日高:今回のコレクションでは一番女性的なアイテムかもしれません。我々は“こんにゃくニット”と呼んでいます。手法的には無くは無いのですが、メンズだと新鮮に見えますね。これをメンズで作りたいって聞いたときは「大丈夫?」と率直に思いました。
宮原:小坂くんよく似合ってる。裏表、どっちも着られるんだね。全然違和感ない。
金子:もはやアートピースですよね。360度どこから見ても美しい。
小坂:ルックブックで拝見したときにレディースモデルが着用していて、背中が本当に美しくて。これも日高さんの狂気、凄みが垣間見えます。