
小山雅人が金子恵治に提示した一冊の本。『フレンチ・リヴィエラ』。1930年代の地中海でヴァカンスに興じる富裕層を写したモノクロノームの写真集から連想されるのは、サンダルの上の白砂、紺碧の空、カクテルみたいなエメラルドグリーンのビーチ。男たちはリネンのダブルジャケット、ストライプ柄のバンドカラーシャツ、甘く編まれたコットンニットを身に纏う。
HEUGNとL'ECHOPPEが作る2020年代のクルーズ・コレクション。在りし日のフランスの、牧歌的な光景に想いを馳せて。

小山雅人が金子恵治に提示した一冊の本。『フレンチ・リヴィエラ』。1930年代の地中海でヴァカンスに興じる富裕層を写したモノクロノームの写真集から連想されるのは、サンダルの上の白砂、紺碧の空、カクテルみたいなエメラルドグリーンのビーチ。男たちはリネンのダブルジャケット、ストライプ柄のバンドカラーシャツ、甘く編まれたコットンニットを身に纏う。
HEUGNとL'ECHOPPEが作る2020年代のクルーズ・コレクション。在りし日のフランスの、牧歌的な光景に想いを馳せて。
PROFILE
金子恵治(L'ECHOPPE コンセプター)
セレクトショップ・EDIFICEにてバイヤーを務めた後に独立。その後、自身の活動を経て、2015年にL'ECHOPPEを立ち上げる。Instagram:@keiji_kaneko
小山雅人(HEUGN デザイナー)
大手セレクトショップのメンズチーフデザイナーを経て、独立。2019年にHEUGNを立ち上げる。Instagram:@masatokoyama7
「小山さんには古き良き、昔気質なデザイナーらしさを感じるんです(金子)」
―HEUGNのデビューは2019年秋冬シーズンまで遡りますが、それまでの小山さんの経歴をお伺いできますか?
小山:直近ではセレクトショップで社内デザイナーを15年ほど。ドレス部門に所属し、テーラードクロージングからキレイめカジュアルまでをひととおり担当していました。
―どのような経緯で独立に至ったのでしょうか?
小山:独立をした3年前、2018〜19年ってストリートファッション全盛の時期で、メゾンブランドもストリートカルチャーを取り入れたデザインを打ち出していて、多くのブランド、ショップもそれに倣っていました。でも、ぼくとしてはこれまでに学んできたクラシックなメンズスタイルに愛着がありましたし、それをもっと色濃く表現したモノづくりをしたい、という想いがあったんですよね。
―なるほど。
小山:そんなことを考えている中で、“モノは語る”じゃないですけど、吊っているだけでオーラがある、かっこいい洋服を作りたいという気持ちが日を追うごとに強くなっていったんです。メンズの服に宿る色気や日本人が持つ繊細な美意識を、パターン・工場・素材の三位一体で表現した洋服を作りたい、というふうに。
―そしてHEUGNを立ち上げたと。ブランド名は“物事の趣が奥深い”という意味を持つ“幽玄(ゆうげん)”から由来しているとのことですが。
小山:自分自身、派手な方ではないし、おおっぴろげなデザインスタイルでもないので、この言葉が妙にしっくりきたんですよね。目には見えにくい微細な意匠であったり、丁寧に作られたものから漂ってくるそこはかとないプロダクト感であったり。そういったものがこの“幽玄”という言葉に集約されていると感じ、ブランド名にしました。
―クリエイションとしてはどのようなことがベースになっているんですか?
小山:“伝統と今”をコンセプトに、古いものから受けたインスピレーションに現代的な要素を足すことを前提としています。あまり限定してはいないのですが、たとえば、ぼく自身「オーラがあってかっこいいな」と思うものが1940年代のフランスのヴィンテージウェアだったり、アメリカのミリタリーアイテムだったりします。そのあたりをベースとしたプロダクトがメインになっていますね。特にシャツとスラックスは自分のスタイルの中心であり、ブランドの根幹を担うアイテムになっています。
―以前に金子さんがブログで小山さんのことを“冷蔵庫にあるもので料理を成立させる”と表現していたのが印象に残っています。
金子:小山さんのクリエイションからは“デザイナー”の矜持をとても強く感じたんですよね。いまって、ディレクション型のデザイナーもいれば、編集型のデザイナーもいて、デザイナーのカタチがすごく多様化してきていると思うのですが、小山さんにはある種、古き良き、昔気質なデザイナーらしさを感じるんです。
―ちなみに、金子さんとはどういったきっかけで知り合ったのでしょうか?
小山:NEATの西野さんにご紹介いただきました。「展示会を見てもらえませんか?」と直談判させていただいたんですよね。たしか、2シーズンめの頃です。
金子:そうでしたね。2シーズンめということは、わりとL'ECHOPPEは(取り扱いが)早いほうだったんですね。結構、後発だったのかなと思っていました。
―L'ECHOPPEとしてはHEUGNのどういったところに魅力を感じてバイイングするに至ったんですか?
金子:展示会でひと目見て良いと思って「あ、L'ECHOPPEで取り扱いたいな」と。もっと言うと「一緒に何かやりたいな」と感じました。先程の話ではないですが、ストリートファッションが隆盛で、それに伴いジェンダーレスやユニセックスが標榜されるようになり、サイズの概念すらも変わってきているような現代だからこそ、HEUGNのような正統派なメンズブランドをお店としても求めていたんですよね。
―実際、L'ECHOPPEでは2020年春夏シーズンから取り扱いがスタートしていて、そのシーズンに別注アイテムも制作しています。
金子:ネイビーのやつですね。本当に最初からでしたね(笑)。
―どういった経緯で作られたアイテムなんですか?
小山:そのときのHEUGNのシーズンテーマが“KHAKI”だったのですが、金子さんが「逆をいきたい」とおっしゃって。「L'ECHOPPEのカラーはネイビーだから、ネイビーに染める」と。
金子:実際作るにあたって、ネイビーにもいろんなネイビーがあると思うのですが、小山さんは赤みのあるネイビーをセレクトしたんですよね。おこがましいのですが「わかっているな」と(笑)。振り返ると、年齢も、キャリア的にも近いところがあって、それまで接点こそありませんでしたが、見てきたもの、触れてきたものがすごく近いんだろうなと思います。好みは違うかもしれないけれど、良いと感じるもの、ことが一緒だなって。
小山:ぼく自身、仕上がったものを見て率直に「あ、いいな」と思いましたね。金子さんのおっしゃる通りで、見てきたものが近かったこともあり、スムーズに自分の中に落とし込まれる感覚でしたし、翌シーズンのHEUGNのインラインではこの別注のアイデアを取り入れたアイテムも作りました。
金子:このパターンが一番嬉しいんです(笑)。ブランドと協業する際には、ブランドが普段見せない一面を引き出すことがぼくらの使命だと思うし、お互いにとって意味がある別注にしたいんですよね。ぼくとしては、L'ECHOPPEで如何に売れるものを作るか、というよりは「HEUGNにこういうものがあってもいいんじゃないか」という考え方で、HEUGNの中に入った気持ちでやらせていただきました。
「このパンツだったら素材はこれで、型はあのヴィンテージをベースに、と写真のみを見ながら決めていきました(小山)」
―では、今回の別注アイテムについてお話を伺っていければと思います。まず、どういったコンセプトのもとで作られたアイテムなんですか?
小山:春夏に向けて「何か一緒にやろう」ということになり、やりとりをしている中でお互いに「クルーズですね」となりまして。「避暑地で着る洋服」とイメージを広げていくなかで、ぼくがリファレンスとして出した本、『フレンチ・リヴィエラ』というものがあるのですが、「この世界観でいこう」と。南仏の避暑地で、1920年〜30年代当時のアーティストや地位の高い人が余暇を過ごす様子を写した写真集なのですが、写っている人たちがすごくリラックスしていて、着ている洋服もエレガントな雰囲気なんですよね。
金子:そうでしたね。メゾンブランドでは12月に夏っぽいアイテムをリリースしたり、寒い時期にヴァカンスへ行く人に向けたクルーズコレクションを出すことがあるのですが、ぼく自身ああいった打ち出し方に憧れがあって(笑)。すごくワクワクしながら作ったんですよね。
―この書籍からインスピレーションを受けて、全6型のアイテムを作ったんですね。
小山:そうですね。ふたりで『フレンチ・リヴィエラ』を眺めながら、ジャケットはダブルで作りたいとか、ニットもあってもいいよね、パンツはゆるっと太めがいいよね、とか。延々と。
金子:ラインナップとしては、リゾートでの朝から夜までのシーンを網羅できるように作っています。朝から夕方まではビーチでリラックスした服装で過ごして、夜になったらちょっといいお店でディナーをすることもあるだろうから、セットアップがあったほうが良い、とか。
―すごく楽しそうですね。
金子:あのとき3時間くらい話しましたよね(笑)。100年近く前の写真なので白黒だし、劣化していたりで不鮮明なんですけど、それが逆にすごく良くて。「これって色や細かい仕様はどうなっているんだろう」と想像し、アレンジを加えながら徐々に具体化していくという。
小山:うん、うん。
―細かな仕様やカラーアイテムのトーンも、この白黒の不鮮明な写真から想像して作られてるってことですもんね。
金子:すべて妄想ですね。そのあたりがやはり“冷蔵庫のもので料理を成立させられる”人だなと。小山さんはこういう曖昧なものがベースになっていても、しっかり120点で打ち返してくれるんですよね。
小山:この企画はきっちりと寸法を決めてから作るのは難しいでしょうね。
金子:「裾幅何センチでいきます?」とかなっちゃうともう、大変ですね(笑)。そこは19cmかもしれないし、20cmかもしれないし……。結局この写真しか情報がないので、ここ(写真)から寸法を出してくれるのが一番理想ですが、とても難しいことだと思うんです。でも今回、小山さんはそれをしてくださったので。
小山:どうなんですかね。でもたしかにパッと写真を見て「このパンツだったら素材はこれで、型はあのヴィンテージをベースにしよう」とか、なんとなく見えてきましたね。「ここに尾錠が見えるからフランスのパンツをベースにしよう」とか。
金子:そこはやっぱり引き出しの多さだなと。普段は開けることのない引き出しが、ぼくと話したことで開いたんだとしたら、それは嬉しいことですよね。
小山:やっぱり、作るのが好きなんですよね。前職の頃もなるべく自分の作るものはここまで、と決めないようにしていましたし、Tシャツからフォーマルまでできるデザイナーになりたかったんです。いざ自分でブランドをやるとなったら、当然もっとフォーカスしないといけないわけですが。
―では、ひとつずつアイテムについて伺えればと思います。まずは、このダブルのジャケット。
小山:素材はウールリネンで、ちょっと落ち感を出しています。普段HEUGNではウールのギャバジンなどのハリのある素材を使うことが多いのですが、今回は春夏モノなのでトロみのある素材が良いかなと。フォルムもゆったりとさせてますし、リネンのフシも出ていて、まさにクルージングを想起させるものになりましたね。
金子:昔のフランスの、ワークなのかテーラードなのかよく分からない古着のジャケットとか、そういったものに通ずる独特な雰囲気がありますよね。構築的に作られたしっかりした仕立てになっているそのようなジャケットをゆるく、リラックスした雰囲気にアップデートできたらかっこよくなるだろうと思っていたので、すごく理想的な仕上がりになっていますね。やっぱり、小山さんにお願いすると“ちゃんとしたもの”になるんですよね。
―生地が揺れる感じや透け感がすごくエレガントです。セットアップでパンツもあるんですね。
小山:パンツはフランスのヴィンテージをベースに、ウェストのサイドに尾錠を付けて、腰回りはハイバックに、バックポケットも右側だけ。インプリーツだから腰回りはゆったりしているのですが、スニーカーや革靴、エスパドリーユでもハマるようにテーパードをかけています。こういうパンツって、ヴィンテージで探すとズドンとしたストレートシルエットのものが多くて、古着屋さんで見つけて穿いてみても「あ、ちょっと無理かも」ってなることが多いんです。なので、あくまで現代的なフォルムになるよう工夫しましたね。
金子:ちょっと汚れちゃったり、クリースが取れちゃってもかっこよく穿けるパンツになったなと思います。さらに言うと、ちょっと食べこぼしなんかが付いていても別に良いんじゃないかなって。それって、こういうリゾートシーンを想定した洋服を作る上でとても大事なバランスですよね。
小山:ぼくも最近、白パンは逆に汚して穿くくらいがちょうど良いんじゃないかなって思ってます。
―こちらのニットはいかがですか?
小山:コットンのニットなんですが、糸は太番手のものを使っていて、ざっくりとした、リネン調の素材感を目指しました。イギリスの古いニットのディテールをモチーフに、袖口、襟元はカジュアルに見えるようリブの長さを調整しています。
―カラーはベージュと、ロイヤルブルーもあるんですね。
小山:そうですね。2022年春夏シーズンのHEUGNのキーカラーがロイヤルブルーなので、そことリンクさせるかたちで。
金子:落ち着いたカラーが主なコレクションにこういうパキッとしたカラーが潜んでいたら面白いんじゃないかなって思ったんですよね。
小山:スタイリングとしては先ほどのパンツに白シャツをタックインして、上からこのニットを合わせてもらっても良いですし。
金子:肩掛けもハマりそうですね。
―そして、シャツが3型ありますと。
小山:オックスフォードシャツとバンドカラーシャツと、Gジャン型のシャツですね。
―では、まずはオックスフォードシャツから。
小山:一見するとアメリカンなBDシャツのような表情ですが、ベースはイギリスの1940年代頃のシャツです。ボタンダウンではなくレギュラーカラーで、インドのスビンの糸で作ったオックスフォード地を洗いざらしにして仕上げています。あとは、ヨークに細かいギャザーを入れたことで、クラシカルな表情になっていますね。
―胸ポケットの位置も低めで。
小山:そうですね。よく見るとオックスのBDシャツではないのですが、雰囲気としてはそういう匂いを彷彿とさせるような。
―すごくLECHOPPEっぽいアイテムだな、と思いました。
金子:そうですよね。これはもう、それこそオックスのBDシャツみたいにどこにでも持って行ってラフに着てもらうのが良いと思います。
―では、こちらのバンドカラーのシャツは?
小山:HEUGNのインラインで出しているシャツ型をベースに、2種のストライプで作りました。カラーは『フレンチ・リヴィエラ』に淡いトーンで描かれたイラストレーションが数点掲載されているのですが、それを参考に。
金子:このストライプ、すごく悩みましたよね。いつもだったらもっとシンプルにしたくなるのですが、リゾートだからこそ着られるちょっと派手な雰囲気の、パッと目を惹くような柄物があっても良いんじゃないかなって。
―お次はGジャン型のシャツですね。
金子:これは小山さんが持っていたヴィンテージのシャツがベースになっているんですよね。
小山:1980年代のワークシャツですね。こういうトリプルステッチのハードな印象のシャツって、ぼくが洋服の世界に入った当時はわりとあって、好きだったんですが、最近見ないなと思って作りました。これも上質なスビンの120番手双糸を使っていて、クタクタになるまで洗いをかけています。
金子:これも結構悩みながら作ったんですよね。ギリギリで仕様変更もしましたし。
小山:ステッチの量を減らしましたね。あと、最初はオックス素材で作っていたんですけど、どうしてもうまくいかず、最終的にツイルに変更しました。アウターにもなるし、一番重宝するアイテムなのかな、というふうに思いますね。
金子:肩の部分にはアクションプリーツが入っていて、実は結構スポーティなワークシャツというか。これとかはバッグにバサッと入れても「まあいいか」と思えるような、そんなイメージです。
―以上、6型と。全体を通してかなり楽しみながら作られたんだな、という印象です。
金子:そうですね。欲をいえばセット売りしたいくらいです。オリジナルのバッグに入れて販売して、これだけあればそのままリゾートに行けますよ、みたいな。
小山:キャンバス地で、『フレンチ・リヴィエラ』の表紙の装飾をレザーのパイピングで再現して、とか良いですね。
金子:あ、すごく良いですね。ボストンバッグでも、トランクでも。
―気軽に海外に行けない時期だからこそ、こういった旅に出たくなるコレクションはとても素敵だなと思いました。
金子:海外はもちろんですが、ちょっとした国内旅行の際に着ても良いと思いますよ。旅先で、普段街で着ないものを着て過ごすのってとても贅沢なことだと思いますし、気分も上がりますよね。