ÉDIFICE 「サン・マロ」コレクション
いつか訪れる日に想いを馳せて
下町・墨田でフランスかぶれ「真の発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。新しい目で見ることなのだ」。
フランスの作家、マルセル・プルーストはかつてそんな言葉を残しているが、
とにかく僕らの旅情への渇望は、こんな時代にあってかつて無いほどに膨らんでいる。
再び自由に旅ができるようになったら、まずはどこへ行こうか。エディフィスとしては、
やっぱりルーツのフランスは外せない。パリに寄ったなら、その後はいつもより
少し遠い所へ行ってみたい。ケルト海に大西洋、イギリス海峡を臨む
ブルターニュなんかを尋ねるいい機会かも知れない。そんな気持ちで作ってみたのが
同地やその象徴的な港町、サン・マロの名を冠したスーベニア風のスウェット。
ボディを供給してくれたのは墨田区の老舗、久米繊維だ。
久々の渡仏を夢見つつ、エディフィスのコンセプター・紺野浩靖が東京の下町にある、
この国産Tシャツの草分けのお店を訪ねた。
帰りしなに歩いた隅田川は懐かしくも、“新しい目で見る”ことを思い出させてくれたような気もする。
きらめく水面は、きっとサン・マロの白い浜に続いているはず……とか言ってみたくなる。
多分、このスウェットがそうさせるのだ。紺野浩靖(以下紺野):よろしくお願いいたします。エディフィスの紺野と申します。本日はいろいろ勉強させてください。久米さんの製品はずっと拝見してるんですが、実は背景をそんなに知らなかったので……。
久米繊維 広報・甲斐 誠さん(以下甲斐):はじめまして。久米繊維工業の甲斐 誠です。こちらこそ本日はよろしくお願いいたします。
紺野:お伺いして早速お店の中を拝見していたんですけど、パッケージとかも面白いものがたくさんありました。えっと、創業は1930……?
甲斐:5年ですね。1935年創業です。今の社長で3世代、4代目となりますが、元々は初代が13歳の時、丁稚奉公で栃木県からニット繊維の産地である墨田区本所に来て、編み立ての工場に入ったんだそうです。
紺野:へぇ!
甲斐:それで5年くらいでほとんどの編み立てを覚えたそうです。その後に関東大震災があってその工場が閉まることになってしまったんですが、うちの初代の真面目な働きぶりを知っていた隣のメリヤス製造所の社長さんから声をかけて頂いて、その時が今も続く丸編みニットとの出逢いとなりました。製造もそこで覚え、それから眼をつむってもミシン縫製が出来るほど自慢の腕を誇り、1935年、26歳の時に独立して、このお店から近い本所石原町で“久米莫大小(メリヤス)製造所”の名前で創業したんです。
紺野:今の看板に掲げられているのは現社名っていうことなんですね。歴史の長さをだいぶ感じます。
甲斐:そうですね。そして日本のTシャツ製造の先駆けになったと言われています。最初にTシャツを作ったのは2代目なんですが、なかなかの映画少年だったみたいで。マーロン・ブランドとかジェームス・ディーンとか、銀幕のハリウッドスターに憧れてT シャツを作りたい! となったそうです。会社が本所なので、当時は本所や両国にも映画館がありましたし、日比谷や錦糸町や浅草にも映画館がたくさんありましたしね。
紺野:まだTシャツがファッションじゃない時代ですもんね。
甲斐:はい。その当時は、未だ一枚で着るTシャツっていう文化や、Tシャツという言葉も浸透していなかったんです。それで彼が職人でもある初代を説得する中で、横浜に行ったりアメ横に行ったりして、米軍の放出品を買って研究したりしたそうです。「ただそのまま作るんじゃ面白くないから」と言って紡績、編み立てから染色工場さんにまでお声掛けしてより良い生地を作り、ミシンメーカーさんと一緒に縫製を工夫し、日本から唯一のものを作ろうとしたと聞いています。
紺野:お店の入り口にあるミシンも何か関係があるんですか?
甲斐:あれは当時使っていたものでは無いんですが、当時を覚えている初代夫人の記憶の中で、実際に使っていたものと近い年代のものを探してきて飾っています。うちも90年近い歴史はあるんですけど、あいにく空襲で焼けてしまったりしていて昔のミシンは残ってないんです。
紺野:そうだったんですね。あの年季の入ったミシンが素敵だなって。
ショーウィンドウ越しに覗くシンガーのクラシックなミシン。ルーツを大切にする久米繊維の姿勢がうかがえるディスプレイのひとつ。甲斐:実はあれ、ちゃんとレストアしてあってまだ動くんですよ。千葉に私たちの工場があるんですけど、千葉工場の社長は自らミシンを調整しているので、たまに来た時には油を挿してメンテナンスしてくれてます。
紺野:そういう風にものづくりを大事にされてる方がいっぱいいるんですね。
甲斐:えぇ。特に墨田区は多いと思います。やっぱり昔から町工場だったり中小企業がすごく多い場所なので。繊維関係についても今の若い方たちは知らないと思うんですけど、カネボウさん(現クラシエさん)も、当時、鐘淵紡績という名前で紡績をしていらっしゃいました。昔は紡績したり、それを編み上げ、染色をして縫製したり、仕上げをしたりとか、穴かがり……ボタンホールを開けたりとかっていうことができるところや職人たちが、この本所に集まっていて。
紺野:ここら辺だけでひとつの製品ができてしまう環境があったんですね。
甲斐:はい。当時2代目の社長が言っていました。「腕一本さえあれば創業が出来た」って。
紺野:格好イイですね……! 話は変わるんですけど、この無地 T のバリエーションにやっぱりまず驚かされたんですけど、金髪の人が描かれたタグのシリーズは何か特別なものなんですか?
タイトなコットンフライスの“セイヤングTシャツ”。古き佳き紳士用肌着のムードが漂うタグはシールで着用時には剥がすもの。このオールドスクール感が抜群にクール。甲斐:昔からのシールタグなんですけど、このTシャツは今も続いている商品の中では一番古いものです。もう50年以上形が変わっていないので。
紺野:50年!
甲斐:おそらくですけど、この辺は2代目が海外への憧れを持って作ったんじゃないですかね。生地はフライス編みでよく伸びるんです。普通は襟部分とかによく用いられるやり方で全体を編んでいるので。他にはなかなかない形なので、結構この T シャツのフリークの方がいらっしゃるんですよ。ロングセラーですね。
紺野:僕もこのタグにやられて、こればっかり目に入ってきちゃいます(笑)。シールでも剥がさずこのまま取って置きたい……。
甲斐:(笑)。販売開始した時はこのデザインがハイカラな感じで、その後時間が経って古臭く見えたとは思うんですけど、今はまた一周回って古いものの魅力が認められると言いますか。逆にそれを貴重なものとして楽しんで頂けるお客さんが多いので、紺野さんもまさにそういうタイミングだったのかもしれませんね。
紺野:そうだと思います。いやぁ、本当にめちゃくちゃいいなあ。
甲斐:そういう意味では長く続けてきて、そうやって色んな良い出会いがあったから今でも残ってるのかなと思いますね。 私たちが目指しているのもその商品がたくさん売れることよりも、長く愛用してもらうことなので。そういう意味では私たちが縫製してますけども、 私たちのオーダーに応えて生地を編んでくれる工場さんや染めていただいている工場さん、良い糸を紡績してくださってる工場さんがいなければ私たちもやっていけないので、絆は大切にしながら商品に活かしていきたいなと思っています。
紺野:シンプルな無地Tでも、色んな方が関わっているんですね。それなのにこの“セイヤングTシャツ”はリーズナブルですよね? 税抜き2千円……!
甲斐:これはファクトリーブランドとしてのうちの商品の中でも、お値打ちだと思います。どかなたかはわからないんですけど、昔ホームページに「セイヤング T シャツは久米繊維の良心だよね」って書き込んで下さった方がいて。そう言われてしまうとコストが上がってもなかなか値上げしづらいですよね(笑)。
紺野:誰が書いたか気になりますね(笑)。やっぱりファンの方なんだろうなぁ。今回のエディフィスでは久米さんのスウェットをボディとして使わせていただいて、僕らのルーツでもあるフランスの地名を載せているんですけど、このスウェットについても聞かせて頂けますか?
プリントは2種類で、どちらも3色展開。レトロスポーツ感たっぷりのラグランボディも今また新鮮。コットン100%。
甲斐:はい。私どもはTシャツのメーカーなんですけど、この”01(ゼロイチ)トレーナー”というスウェットもマイナーチェンジこそしつつ、もう30年以上作り続けている商品なんです。ポイントは袖で、ラグランスリーブを採用しています。色のバリエーションが43色あるのも特徴ですね。
紺野:43ですか!?
甲斐:そうなんです(笑)。後はうちの特徴でもあるんですけど、丸胴になっているので着心地が良いです。ラグランで肩の落ち方も自然なので、大きめなサイズも気にせず着ていただける作りですね。
紺野:僕で今Lサイズを着てるので、ゆったり着ようと思ったらXLでも良さそうだなぁ。
甲斐:色によってはXXL までありますよ。生地はあえて厚すぎないものを選んでるので長い季節着ていただけるのと、コーディネイトの幅が広い所も喜んでいただけてるのかなと思います。
紺野:実際に袖を通してみて感じましたけど、今日みたいに重ね着をしてても肉厚すぎないから違和感がないんですよね。この時期にも快適だし、もっと寒くなってからも中に着るにも良いなって。
甲斐:ありがとうございます。袖口と裾のリブは若干締まりを強くしてるので、大きめに着ると適度にクッションが出るんです。女性の方で XLを選ぶ方もいらっしゃいますよ。
紺野:甲斐さんが着てらっしゃるものも同じスウェットですよね?
甲斐:はい。これは“ダークワイン”っていう色です。元々“ワイン”という色があったので、おそらくその後だと思うんですが、正確にいつからあるかはちょっとわかりません(笑)。うちはTシャツだと60色あるものがあるんですが、そちらにも同じ色があってそちらは“ボルドーワイン”という名前にしていて。 多分それよりも前に出ているとは思うんですけど。
紺野:スウェット43色のTシャツ60色で、全部色が違うんですか?
甲斐:どちらにもある色もありますよ。先駆けてTシャツを作った2代目が、色で遊ぶ着こなしがすごい好きだった人だったので、どんどん増えていったんですよね。一番最初に販売した時には10色で、“色丸首”と名付けたそうです。
紺野:その頃は“Tシャツ”とは呼んでなかったんですか?
甲斐:そうみたいです。肌着もそうですけど、クルーネックTシャツの首の部分を“丸首”って言うじゃないですか? それに色が着いたっていうことで“色丸首”。「何で色の着いた下着なんて着ないといけないんだよ!」とかっていう声も最初はあったみたいです(笑)。うちの場合、丸胴なので色とサイズと反物をすべて揃えないといけないので大変です(笑)。オンラインでも全色見られるので、良かったらそちらも見てみてください。
紺野:なかなか60色のTシャツを同時に見られることってないですもんね。
甲斐:なので、ここに来てくださるお客さんの中には「自分の好きな色にやっと出会えた」って言ってくださる方もいらっしゃいます。そういう話を聞くと頑張って揃えて良かったなと思います。逆に、たくさん見すぎて迷ってしまう方もいますけどね(笑)。
紺野:その気持ちはすごいわかります(笑)。お話しを聞いていたら、僕も欲しくなってきました。ひとついただいていいですか?
甲斐:はい、もちろんです。ありがとうございます!
BLOUSON ¥26,400
SWEAT ¥9,900
PANTS ¥24,200Photographer:Ryota Matsuki(ÉDIFICE)
Cinematographer:Kenta Nagai(ÉDIFICE)
Edit&Text : Rui Konno