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  • 知りたかったのは、
    バブアーの“ニューノーマル”

    別注モデルから、こっそり裏話まで

    バブアーは現代で言うテックウェアの先駆けたる英国の老舗で、アジのあるアウターはカジュアルにも上品にも着られてクール。
    もちろんすべて事実だけれど、そんなことは百も承知。僕らが知りたいのはもっと先、今この時代にどうすれば新鮮な気持ちでそれを楽しめるかだ。この名門ブランドと向き合って、毎年その新たな側面を見出してきたエディフィス 。今年は同じくそんな名門に傾倒し続けている石川俊介さんが手がけるマーカウェアも巻き込んでの一大企画に!
    そんな気鋭のデザイナーさんと、日本でのバブアーのブランディングの舵を取り、人気株に押し上げてきた立役者、崎野将吾さんを招いてバイヤー大瀧がお送りする大放談。美辞麗句抜きの本音とコアなエピソードを引き出すべく、サンプルの前で盛り上がる彼らの会話に聞き耳を立ててみました。

  • 石川俊介
    マーカ/マーカウェア/テクスト デザイナー

    1969年生まれ、兵庫県出身。2002年にマーカを立ち上げ、以来ヴィンテージへの造詣の深さと知性や審美眼とに裏打ちされた上質なデイリーウェアを作り続けている。19年秋冬からは、フェアトレードやトレーサビリティをこれまで以上に重視した持続可能のモデルケースたるブランド、テクストを展開している。その凝り性ぶりは公私両方で発揮され、最近の余暇ではお気にりの店のサラダの味を再現すべく、ミンシングナイフを手に取り野菜やドライフルーツを刻んでいるのだとか。
  • 崎野将吾
    スープリームス インコーポレーテッド ディレクター

    1976年生まれ、兵庫県出身。八木通商の一ディビジョンであり、バブアーをはじめとする有力ブランドを手がけるスープリームスの責任者。20代から30代の10年強はニューヨークを拠点にしていて、国際的な情報や視点に基づいて数々のグローバルブランドの日本でのブランディングを成功させてきた。今一度体づくりに励むべく、ベンチプレスでは100kgのバーベルを上げている。在宅ワークが増えた昨今では、出社する日よりもジムに行く日が増えがち。
  • 大瀧北斗
    エディフィス バイヤー

    1984年生まれ、宮城県出身。古着に老舗、モードに裏原と10代から洋服漬けの日々を送り、26歳でベイクルーズに入社した後、2年目でバイヤーに就任、そのやたらと多ジャンルに及ぶ知識・見識をフル活用している。国内外のブランドの買い付けはもちろん、エディフィスの大半の別注企画も手掛け、結果的に自然とワーカホリック化している。そんな日々の数少ない癒しが風呂で、この頃は週末金曜の夜に銭湯でゆったり過ごすのが至福のひととき。

  • 大瀧 ……生地もだいぶ馴染んできましたけど、相変わらず腕が勝手に立つくらいにはカタいですね。

    石川  ですね。カバーファクターっていう単位があって、要は生地の表面の内、糸がどれくらいの面積を占めてるかっていうことを表してるんですよ。計算の仕方はめっちゃ難しいんで僕も分からないんですけど(笑)、その数値が大きいほど密度が高いっていうことなんです。で、それが見たことないくらい高いんですよね。

    崎野 ヘぇ〜。

    石川 例えば普通の生地って光に当てると向こう側が透けて見えるじゃないですか? でもこれは見えない。ほぼ遮光です。カーテンとかは遮光のフィルムを貼るんですけど、これは生地の密度だけでそうなってるから凄いですよね。

    崎野  これって撥水性があるって聞いたんですけど、フィニッシングなしで生地の打ち込みだけで撥水性を持たせてるって事ですか?

    石川 一応は撥水処理はかけてます。 ただ大半は生地自体の密度ですね。 組織としてはグログランで、ロクヨンクロスと一緒で緯糸を引き揃えで織ってるんで、 水分で膨らむからちょっと湿るとより水を通さなくなるんです。

    ―あの〜、すみません。実はお話が面白かったので、もう勝手に録音していました(笑)。今のお話しは石川さんが手掛けた別注モデルのことですよね?

    大瀧 あ、そうです。呼び方で言うとバブアー フォー マーカウェア&エディフィスですね。

    崎野 しかしこの打ち込みはすごいなぁ。あまり高密度にすると普通は破れちゃいますもんね。
     
  • ―生地って織りが高密度なほど強いものなんじゃないんですか?

    崎野 テンションがかかってる分、裂けやすいんですよ。紙と一緒ですよね。

    石川 ここまでの打ち込みだとめっちゃ破れますね。普通は。

    全員 (笑)。

    石川 生地って薄すぎても弱いし、高密度過ぎてもまたダメなんですよね。多分、この生地は世界中でここしか作れないと思います。

    大瀧 この生地はどこで作られてるんですか?

    石川 これは埼玉にある機屋さんです。 

    崎野 埼玉にも織機ってあるんですか!?

    石川 あるんですよ。昔ベンタイルを織ってたところですね。 

    崎野 日本だと和歌山とか尾州の方とかは有名ですけど。埼玉の機屋さんっていうのはちょっとびっくりですね。

    石川 歴史もだいぶ古くて、100年まではいかないかもしれないけどもう数十年はやっているはずです。自衛隊にも生地を納品したりしていて。

    崎野 あぁ、テントクロスみたいな?

    石川 ハイ。一番有名なとこだと、トレンチコートで有名な某ブランドの生地を織ってて、イギリスにも生地を輸出してたんです。

    大瀧 あの、某ブランドですね(笑)。
  • 石川 で、 なんでそれができるかって言うと打ち込みがいい生地が作れるからなんです。昔は全部シャトル織機で作ってたんですけど、今は全部処分しちゃって他と同じようにレピア(織機)になってるんです。普通、レピアだと打ち込みが一定以上には上げられらないんですけど、それをパワーをかけられるように全部改造して、機械から作ってやってるっていう所で。

    大瀧 そんな所があったんですね……!

    ーでもこの生地もこうやって掛かってるのを見るとワックスドコットンの表情に似てますよね。

    石川 そこも多少狙ってます。密度が高いからちょっとワックスドっぽく見えるんですよね。機屋さんがすごい頑張ってくれたのがこの色出しで。ワックスが入ってるようなこの色合いにするのってすごい難しいんですけど、一番最初からイイ色で上がってきたんです。

    崎野 バブアーのセージも洋服で見るとグリーンに近いんですけど、ビーカーで色を見るとグレーに近いんですよ。

    大瀧 そうなんですね。確かに一緒にラックにかかってたらこの生地とワックスド、 一瞬見分けがつかないかもしれないですね。

    崎野 それで値段を見てビビりそうですよね。(笑)

    ーこれの上代はいくらなんですか?

    大瀧 79750円です。

    崎野 いやぁ、抑えましたよね。この生地値、めちゃくちゃ高いんですよ。

    石川 そうなんですよ。(笑)

    崎野 ウチも削れるところを全部削って、なんとかこの価格で行けました。楽しい企画にしたかったんで。

    大瀧 値段は張るんですけど、誰も特別儲けてないっていう。(笑)

    石川 単純にコットンの生地としてかなり高額な部類だと思います。

    崎野 本当にそうですよね。「フランスから仕入れたギャバジンです」って言われても納得できそうなレベルの質です。 海外メゾンで使ってるコットン生地ぐらいの値段。
  • ー埼玉なのに……。

    崎野 埼玉なのに、ですよ(笑)。

    石川 でも、インポートだとか有名な産地じゃないとかっていうだけでちゃんと評価されにくいのはかわいそうなんですよ。

    崎野 本当にそうでうすよね。

    石川 そこにはもう一つ特徴があって。普通コットンは反応染料っていうのを使って染めるんですけど、スレンっていう染料を使うともっと色落ちが少なくできるんですよ。作業着とかタオルもスレンで染められることが多くて。だけど堅牢度の問題があったりとか、最近のサステナブルの視点で見ると環境負荷が高いのもあったりで難しいやり方なんです。日本でスレン染めができる工場は他にもあるんですけど、ここが特殊なのは糸からスレンで染められるんですよね。

    崎野 これ糸染めなんですね! ヤーンダイ。後染めだと思ってました。

    石川 後染めだと打ち込みが凄すぎちゃって染料が入らないんです(笑)。染料を弾いちゃうんで。 例えば何十年も前のバーバリーのコートが何で未だにあのベージュの色味を保っていられるかって言うと、スレン染料で染めてるからなんですよ。ここは多分、日本で唯一スレンの糸染めができるところで、自社で染工所を持ってるんです。大分スペシャルな工場だと思います。

    崎野 確かに。だいぶ分かってきました(笑)。

    ーこの1着はマーカウェアの特製生地を持ち込んで、エディフィスのために制作したバブアー、っていうことになるんですかね?

    崎野 そうですね。 我々が生地を頂いて僕らの工場で作って納品っていう形です。モデルの名前は“ウェイファーラー”でしたっけ?

    石川 そう呼んでるんですけど、正式な商品名で言うとビデイルになるのかな?

    大瀧 そうですね。石川さんが今日も着られてますけど、マーカウェアといえばウェイファーラーシリーズっていうイメージがまずあって、そんな石川さんがバブアーを作ったらどうなるかなっていうのが個人的な興味としてありました。 

    石川 僕が今着てるのが春夏でつくったウェイファーラーシリーズの1着で、言ってしまえばバブアーのコピーみたいなジャケットなんです。それこそ、昔から迷彩のワックスドコットンでジャケットを作ったりとかっていうことをずっとやって来ていたんですけど、最近はなるべくそのままにならないように素材を置き換えたりしてやってはいたんです。だから今回はディテールとか素材とかでホンモノが使えるな……って(笑)。 それで「是非やりたいです!」って。

    崎野・大瀧 (笑)
  • 崎野 石川さんに一番最初にサンプルとしてマーカウェアのウェイファーラージャケットの写真を見せてもらった時、「あ、ビデイルじゃん」って(笑)。いや、それってウチはめちゃめちゃ光栄なんですよ。

    石川 スミマセン(笑)。そう言っていただけて良かったです。もともとこのウェイファーラーって“歩いて旅する人”っていう意味で、僕は旅行用にずっと作っていたんです。自分が出張に行く時も、いつも着ていくのがこのシリーズ。ゆとりを持たせてるのは、僕の出張って変なところによく行くんで……。

    大瀧 変なところ(笑)。

    石川 あまり治安が良くないところとか。盗まれないように、そういう時にカメラとか小さいバッグとかは、全部洋服の中に隠すんですよ。そうすると外から見えないんで。

    ー考え方が殺し屋みたいですね。

    崎野 (笑)。でも確かに危ないですもんね。

    石川 そうなんですよ。あとポケットがいっぱいあるのも便利だし、元のビデイルで言えばオイルドで雨を弾いてくれるし、あんまり着丈が長くないから移動の時も邪魔にならないしで、理想型だなとずっと思ってて。 それでそれを元にしたジャケットをウチではウェイファーラーって呼んでるんです。今回はそれを本物と合体させたような感じで。
  • 大瀧 旅の実体験が活きてるんですね。

    石川 ですね。3回ぐらいですけどね、泥棒にあったのは。

    ー十分ですよ(笑)

    崎野・大瀧 (笑)。

    石川 物を服の中に隠せるだけでもだいぶ安全性が上がるので。そうでなくても現地の人たちと服装も違うし、観光客って絶対にバレちゃうから。

    大瀧 何を狙われるんですか?

    石川 2回はケータイです。 iPhoneを盗まれて、1回は眼鏡を盗まれたこともあります。パリで。その時はコンタクトをしてたんですけど、ちょっとポケットが寂しいからと思って眼鏡を挿してたらそれを行かれました。あとは、アメリカで車上荒らしにも合いました。あ、だから4回だな。

    崎野・大瀧 (笑)。

    石川 でも、ウランバートルでケータイを盗まれた時は、その日の夜に犯人が見つかりましたけどね。優秀でした、ウランバートルの警察は。

    ー面と向かって「金を出せ!」みたいなことではないんですね。

    石川 強盗はないですね。二十歳ぐらいの時以来は。

    大瀧 あるにはあるんですね。(笑)

    ー悲しくも説得力がありますね(笑)。今までの上品なバブアーの記事ではあまり出てこなそうなエピソードです。

    崎野 無かった……でしょうね(笑)。 英国紳士の服なんで。

    石川 でも 実際海外に行っても見かけますけど、使い込んだバブアーってめちゃめちゃ格好いいじゃないですか? 農家のおじさんがワックスドコットンのジャケットを着てたりするんですけど、擦り切れるぐらいガンガン着込んでいたり、汚れてたりするんだけど格好いいんですよ。本物の“道具の洋服”っていう感じがして。

    崎野 まぁ、着込んだ古いやつは大体クサいですけどね(笑)。

    大瀧 (笑)。

    ー昔はワックスが動物性の油脂だったからクサかったとかって聞いたことがありますけど……。

    崎野 最初は魚の脂でしたね。でも、それって100年以上前の話で、1900年代の前半にはもう今みたいなワックスになってるんで、実際に動物性ワックスのバブアーに触れたことがある人はあまりいないんじゃないかなぁ?

    石川 でも、昔は実際にクサかったですけど、最近のはマシになってる気がします。気のせいなんですかね?

    崎野 いや、実はワックスにも2種類あって、今日僕が着て来たのはみんながクサい、クサいって言うやつなんです(笑)。’50年代から2000年代前半まではこれだったんですよ。3ワラントだから、’90年代後半くらいの“ボーダー”っていうモデルです。
  • 石川 今はもう変わってるんですか?

    崎野 変わってます。 ニオイがしないワックスに。僕が着て来たやつは古いから、満員電車で嫌がられがちですね。それでも僕のはクリーニングして一度ニオイを取って、またオイルを塗り込んでるから大分マシだとは思うんですけど。

    大瀧 でも現行のバブアーのワックスドコットンはもうニオイの心配がないってことですもんね?(笑)

    崎野 ハイ、心配ないです(笑)。ただ僕のこの色、セージって言うんですけど、ワックスが変わったことで昔と今とで色落ちの仕方がちょっと違うんですよね。リーバイスのジーンズみたいな話なんですけど。

    大瀧 へぇ〜! 生地の組織は昔と同じなんですか?

    崎野 まったく同じなんで、やっぱりワックスの違いなんでしょうね。これはサンプルですけど、2ヶ月前に上がってきた時に比べるともうだいぶ馴染んできましたね。空気に触れて乾燥したり、人が触ったりしてるうちに。

    ーこの2着目についてもご説明をお願いできますか?

    大瀧 これはバブアー フォー エディフィスですね。トランスポートっていうモデルがベースです。 今回すごいオイシかったのが、裏地のタータンを初めて変更出来たことで。
  • 崎野 これは大瀧さん、ここ10年ぐらいを振り返っても超ラッキーを引いたと思いますよ。本国のバブアー社には向こうのハウスタータンがあるんですね。エンシェントだ、ミューテッドだ、クラシックだ、って5種類ぐらい。その裏地を作ってるメーカーからちょこちょこ他の生地も出てくるんですけど、これまでまったく使わせてくれなかったんです。でも、今回たまたまフッと聞いてみたらOKが出ちゃって。

    ーでも、何でまたこのタイミングでそれが叶ったんですかね?

    崎野 何ででしょうね?(笑) これまで何回言ってもダメだったんですけど、今回も一応ダメ元で言ってみたら、「いいよ」 みたいな。じゃあ、そう言ってる間に使っちゃおうみたいな。

    石川 気が変わる前に?(笑)

    崎野 そうそう。だからこれはラッキー。

    大瀧 そうですよね。 ちゃんとした純正の裏地を作ってるメーカーの柄違いを使えたっていうのはホント。

    崎野 今回は向こうの機嫌が良かったんですかね? 来年はまたダメになってるかもしれないですけど(笑)。 

    大瀧 僕の歴代先輩バイヤー達もみんな裏地のタータンを変えたいっていう相談をし続けてたんですけど、結局いつも「NO」っていう返事で。僕もいつか変えたいと思ってたんですけど、今回試しに聞いてみたら行けちゃった。

    崎野 ブラックウォッチに似てるけど、ちょっとだけ違うんですよね。でもこういうパターンではよくあるんですけど、エディフィスさんが裏地を変えられて、それを見た他社さんから必ず「ウチはできないの?」ってなるんで、それだけどうしようかなと思ってます。(笑)
  • 大瀧 (笑)。元々のトランスポートは形も不思議な短丈でそれも面白いんですけど、 ジャケットの上からも着られたり、重ね着してもちょうどいいバランスになったらいいなってずっと思ってたので、今回は着丈をちょっとだけ伸ばさせてもらいました。4 センチだけ。

    崎野 トランスポートは’90年代に生まれた形で元々がユーティリティジャケット……要は散歩とかの日常用なんですよね。これでフィッシングに行くとか、そういうわけではなくて。バラクータの G 9みたいな、ああいう存在。形もスイングトップに近いです。元のトランスポートもめちゃめちゃ売れてるんですよ。


    石川 へぇ〜!
  • 崎野 バブアーって30、40代の人が好んで着るイメージがあるかもしれないんですけど、今のコアのお客さんって実は25歳から35歳ぐらいの人達なんですね。で、これの元のジャケットはそれこそ25歳ぐらいのスケボーやってるキッズ達が好んで着てるんです。

    大瀧 去年のシュプリームの別注もこっち寄りのスタイルでしたよね。

    崎野 そうなんですよ。あとは女性が着てもすごい可愛いんですよね。元は腰の内側に風よけのスカートがついていたり、袖口も中にリブが付いてたりするんですけど、大瀧さんはそれも外してますね。 

    大瀧 そうですね。 今の日本の生活で考えた時にやっぱりちょっとオーバースペックかなっていう気がして。自分自身も元々いろんなディテールがついてるのが好きだったんですけど、
    今の生活様式に合わせた感じです。フードも通常は別売りなんですけど、これは街で着るマウンパ的に提案したかったんであえて最初から付けてます。ロンドンとか南仏に行った時も雨の中、傘をささないでフードだけ被って歩いてるおじさんとかを見てたんで、そういうイメージです。日本人ぐらいじゃないですか? 傘をこんなに差すのって。 

    石川 ゴアテックス着て傘差してますからね、日本人は(笑)。

    崎野 違和感すごいですよね。石川さんなんかは旅が多いから余計に傘は使いにくそう。

    石川 一応折りたたみを持っては行くんですけど、確かにほとんど使った記憶がないですね。 この前久しぶりにペルーに出張に行ってきたんですけど、14日間の滞在で16フライトあったんですよ。

    大瀧 16フライト!?

    石川 だからもう傘とか持ち歩いてられないですよね。持ち込みもややこしいし、本当に雨が降る時ペルーはスコールみたいになるんで、そもそも動けないんですよ。ぬかるみがすごくなるから。そういう時はもうお店に入っちゃったりしますし、旅先で傘のニーズを感じたことは確かにほとんどないです。

    崎野 でもこれはジャケットの上からちょっと羽織って、とかでも格好いいですよね。
  • 大瀧 ですね。昔は「ジャケットの裾は上着の下から絶対出ちゃダメ!」って言われてましたけど、今は逆ですよね。

    ー石川さん的にはこのバランスはいかがですか?

    石川 イイですよね。防犯的には一度どっかに連れてってみないと分からないですけど。 

    ―(笑)。じゃあ、最後の1着の解説もお願いします。

    大瀧 これもバブアー フォー エディフィスです。日本ではバブアーにキルティングのイメージってあんまりないと思うんですけど……。

    崎野 実はイギリスでは“バブアーと言えばキルティング”っていうイメージなんですよね。売り上げのシェアも実はオイルドよりもキルティングの方が上なんです。
  • 大瀧 ……だそうなんです。 実際、僕もイギリス出張で初めてバブアーのお店に行った時にびっくりしました。店間違えたか!?って。店内はほとんどキルティングのアウターで、ワックスドコットンは一番奥のラックにちょこっと掛かってるだけ。 ちょっとショックでした(笑)

    崎野・石川 (笑)。

    大瀧 普通のダイヤキルトをそのままやってもつまらないなと思って、「納入実績のあるバブアーだし、キルティングのものも軍に購入したりしてたのかな……」なんていう妄想から始まって、ライナーコートみたいなイメージでひょうたん風のキルトにしました。 本当はトランスポートの内側にライナーとしても来られたら面白いかなと思ったんですけど、大きく作ったからそれは難しくなっちゃって。

    崎野 キルティングコートでリッズデールっていう定番モデルがあって、それが元ネタになってるんです。元々オーバーサイズのスペックのものが、そこからさらに大きくなってるので。

    石川 元のモデルはダイヤキルトなんですか?

    崎野 はい。このキルトのパターンも元々バブアーにあったものなんですけど、メンズのモデルで使うのは初めてですね。 業界的にも暖冬でダウンがあんまり売れないから、今年はキルトだって言われてたんだけど、エディフィスさんの別注はまさにそこを突いてきてるんですよね。値段も手ごろで。
  • 大瀧 軽いですし、防寒用のギアとしてもこれぐらいで十分だと思ったんです。

    ―柔らかいし、石川さんの生地とはある意味対極かも知れませんね。

    石川 あんなカタい生地、縫ってもらうのもなかなか大変ですからね。

    崎野 生地を渡したら工場は嫌がりましたよね。やっぱり(笑)。

    石川・大瀧 (笑)。

    崎野 生地がカタいとどうしても縫製ミスが起きやすくなるから。

    石川 この生地もワックスドも縫い直しが効かないですもんね。

    崎野 ですね。でも、いろんな生地で別注を受けてきましたけど、これはもう歴代最強じゃないですかね? 密度もそうだし、単純に生地自体のバリューとして。

    石川 機屋さんからは「もうちょっとだけ強く打ち込める」とは言われたんですけど。

    崎野 まだイケるんですか!?

    石川 いけるんですけど、そうなるとほぼ洋服には使えないと思います(笑)。

    崎野 針が折れちゃうか。(笑)

    石川 絶対折れます。だからこれが洋服にできるギリギリの密度だと思います。これも生機はさらにスゴいですよ。

    大瀧 一番カタい状態ってことですもんね。
  • 石川 板ですよ、ほとんど。パリッパリで。それこそ利尻の昆布みたいな質感です。

    崎野 イイ味が出るってコトですね。

    大瀧 うまいっすね(笑)。

    崎野 でも、バブアーは歴史のあるブランドではあるんですけど、着てくれる人たちにもこうやってもっと気軽に遊んで欲しいですよね。大瀧さんの視点は他のバイヤーさんとも違うし、ちゃんとストーリーを考えられてて。改めて見てもすごく考えさせられる4着だなと思いました。

    石川 僕、このトランスポートロング、買おうと思います。次の出張の時にフィールドテストで持って行きたいなって。

    崎野 おぉ! 巨匠のお眼鏡にも適いましたね。

    石川 これで綿摘みに行こうかな。ペルーとかモンゴルとかに。

    大瀧 ありがとうございます! 盗難にだけは気をつけてくださいね(笑)。


  • Photographer : Ryota Matsuki(ÉDIFICE)
    Edit&Text : Rui Konno