ハイプを好むヘッズ以上に、ファッション業界、とくにウィメンズの大きなパワーによってアシックスはスニーカー業界を第一線で盛り上げています。Herringbone Footwearのディレクターでもある、mita sneakersの国井栄之さんと、MANUSKRIPTの編集者、小澤匡行さんとの対談は2度目。二人がその理由を考察しつつ、エディフィスの30周年を記念した別注の「GEL-NYC」の魅力を語り合います。
Photo_Yutta
Production_MANUSKRIPT海外の感覚を信じたことで
Y2Kの大きな波を乗りこなした小澤:前回のニューバランス「1906R」の時はありがとうございました。僕にはすごく濃密な対談でしたし、周囲も「おもしろかった」と言ってくれて評判も上々でした。
国井:おじさんの戯言みたいになってなかったですかね?若い人には共感どころか理解もできない内容にじゃなかったか、とちょっと心配していました。
小澤:国井さんがスニーカーを捉えている角度って、真っ直ぐじゃなくて鋭いんですよね。だから言葉が風刺的なんだけど、本質を突いているので楽しいです。ところで最近、経済誌とか新聞などで「アシックスが売れている理由」の原稿をご依頼いただくことがすごく増えているんです。ファッション業界ではない分野でも、この勢いというか「なぜ?」的な違和感を覚えているみたいで。
国井:これは想像の域ですが、電化製品もICとソフトウェアですべてが作れる時代になって、日本の専門的な技術が必要とされなくなってしまったと思うんです。昔はSONYやTOSHIBAだ、HONDAといった日本の技術力が世界をリードしていたけど、ものへの考え方や作り方が変わった途端に弱体化しているように感じますよね。
小澤:NYのタイムズスクエアの広告を日本企業が独占していた時代ではなくなりましたよね。
国井:日本ってちょっと厳しいんじゃない?って空気の中でアシックスがここまで世界を席巻している現象がわかりやすく目立つのではないでしょうか。しかもファッションという数値化できない感覚の世界は業界の外からは独特すぎて、ますますわからないんだと思います。
小澤:トレンドのバイリズムとプロダクトのデザインが噛み合わないと、ファッションはうねりが起きないですよね。アシックスは2000年代のランニングシューズという自社のアーカイブをうまく使いこなすことでY2Kトレンドの波をうまく乗りこなしているけど、肝心のその波が外からは見えていない。
国井:スニーカーに興味のない人からみれば、ホワイトxシルバーカラーにオープンメッシュなんてただの運動靴に見えるだろうから、表面的なギャップに面食らっちゃうんだと思ったりします。
小澤:ただ、前提として国井さんはアシックスのライフスタイル化にすごく貢献されてきましたよね。2008年に「アシックス キリモミ」プロジェクトがスタートしたとき、GEL-LYTE IIIやGEL-LYTE Vといった90年代初期のモデルをうまくハイプな存在に持っていった立役者だと僕は見ています。
国井:いえいえ。あの頃は僕だけではなく、アムステルダムのPattaもそうだし、パリにあったColetteも。ニューヨークはまだロニー(・フィグ)がKITHを立ち上げる前のショップでSMUを作ったりしていたので。街でアシックスを履いてもありだよね、という空気を作ろうとする動きが世界各地で起きていたのがよかったんだと思います。
小澤:開発者の三ツ井滋之さんをフォーカスして、アシックスという運動靴にストーリーを作った。結果GEL-LYTEというアイコンを作り上げた。正直、ナイキやアディダスでは王道パターンだと思うのですが、アシックスでそれが出来たことが、今のブームの土壌に繋がってると思います。
国井:あとはKAYANOシリーズですよね。GEL-LYTEだと結局2本目、3本目の柱がなかなか作れなかった時に、GEL-KAYANO25を発売するタイミングで会社としてそこまで表に出していなかった開発者の榧野さんをフォーカスして、GEL-KAYANO TRAINERなど復刻もするようになった。小澤くんが言うように、時代が牽引するムードとブランドのアイコンが合うとめちゃくちゃ跳ねるっていうか。Y2Kの流れにKAYANOのちょっといなたくてスポーティな部分が合致したと思います。最初はGEL-KAYANOもセールになったら売れる靴というイメージだったけど、次第にプロパーの消化率が上がってきました。しかも、女性の方が影響力が強かったです。
小澤:僕も2018年の末くらいかな、復刻されたGEL-KAYANO 14をアシックスの方に薦められて履いていたんですが、自分が編集で携わっている雑誌に出ている若いモデルたちの反応がすごくよかったのが印象深かった。つまりファッションでスニーカーを見ている人たちのパワーが大きかった。
国井:JJJJoundのコラボの影響はやっぱり大きかったですね。そして復刻だけでなくフュージョンの流れを作ったのはキコ・コスタディノフだと思います。複数のモデルをマッシュアップして再構築するコンセプトは、元々キコがいなかったらアシックスではなかった。その流れをAWAKEのアンジェロ・パクが引き継ぐようにコラボして。ゲストデザイナーたちの、これとこれを組み合わせてっていう感覚を、アシックスのチームが完成度高くローンチさせる。本当の意味でのものつくりのコラボレーションができていると思います。
小澤:キコが最初に作ったGEL-BURZ 1は本当に傑作でした。GEL-NUMBUS20のソールとGEL-VENTURE6のアッパーを融合させましたが、あまりにも自然で。というよりネタを言われてもそのイメージがないので、先入観なくいいと思えた。カラーリングも自身のコレクションに合わせていたから、ファッショナブルでしたしね。でもランニングシューズを組み合わせたのが成功だったんだと思う。彼と話した時に「アシックスを履いている人が増えたのは、一度足を入れたらラグジュアリーブランドのスニーカーとはまるで違う感動を得ることができるから」と言ってました。ファッションが履き心地を気にするようになり、機能美がデザインとして評価されましたね。
国井:前の対談でも話したけど、元々パリのファッションウィークでフロントローにいるような人たちって、ずっとコレクション中は歩き回っているじゃないですか。だから履き心地のいいニューバランスやアシックスが注目されるようになったし、メーカーもそこに向けてプロダクトを発信するマーケティング手法をとっていたんです。
小澤:そして東京のストリートよりパリの石畳の上の方が、新しいカラーやスタイルを求めていて、かつファッションとの調和を大事にしています。
ノワールは新しいエディフィスの姿
時代を象徴するシルバーを乗せて国井:アンジェロがデザインしたGEL-NYCを最初に見た時、すごくニューヨークの感覚だと思いました。これって彼にとってリアルなダッドシューズなんです。アメリカのおじさんって中価格帯のランニングシューズを日常で履いていて、アシックスでいえばGEL-NIMBUSであり、GEL-CUMULUSなんですよ。結局2000年代のY2Kの流れの中でリアルに見てきたものを再構築しているから、すっと時代にハマった。もしこれが「GEL-TYO(東京)」って設定で日本人が考えるとしたら、きっとモチーフは全然違っていたと思う。
小澤:そうですね。東京の感覚だったらもっとフラットソールでレトロなモデルが選ばれてそう。日本のブランドなのに海外の感覚を信じたのが、アシックスの成功理由だと僕も思います。
国井:彼らには彼らの時代背景があるからデザインソースが納得できるものだし、僕らはその背景を通ってないから、違和感が逆にないんです。
小澤:アーカイブの掛け算がうまくいっているのが、アシックスとニューバランスだと思うんです。抽出のセンスが秀でているのかな、と思う一方で、元ネタが弱いというか認知度が低いから成功しているのもあるのでは?
国井:ここ最近、純粋なリイシューで売れているのはオリジナルがヒットしていないことが多いですよね。その弔い合戦じゃないですが、売り手と買い手にテンションの差があるモデルの方が売れている気がします。中途半端にメジャーな存在だと、ストーリーテリングが脚色しにくいですよね。ヘリテージ性を語る時につい盛ってしまうというか。
小澤:幻の名品とか、知る人ぞ知る一足みたいなアフレコですね。売れていないモデルを売れていたとは言えないから、曖昧な枕詞をつけてしまう。
国井:無理矢理そうするくらいなら、メーカーの進化の過程でターニングポイントとなったモデルをちゃんとマッシュアップして再構築して、新しいストーリーを作った方が正しいアーカイブの使い方だと僕は思います。
小澤:逆に新しいモデルの登場によってモチーフを知る機会になり、それが注目されて復刻されて、みたいな今までとは逆の流れになると、スニーカーのビジネスに幅が出そうな気がしますね。
小澤:ようやく今回のお題のエディフィス「GEL-NYC」の話に入りますね。今、アシックスでファッション側にアプローチする時って、結局正解のカラーリングが限られていると思うんです。シルバーやクリーム、時々ブラックみたいな。でもエディフィスの本作はスニーカー側のカルチャーを感じる配色なのが僕は好感がもてました。
国井:今後もヘリンボーンフットウェアとエディフィスが連動する流れがあるんですが、そこでキーになるのがブラック&シルバーの配色なんですよ。で、このGEL-NYCの一番の名目はエディフィスの周年記念。今までネイビーで提案し続けてきたエディフィスが、30周年を機にノワール(ブラック)をファーストカラーにしたいってのがあって。そこに時代的にシルバーの流れを取り入れてるというか。
小澤:なるほどですね。エディフィスの別注は常に主語がファッションだから、服とバチっとハマることは絶対に意識しているはず。この配色はチャレンジングだと思いましたが、今後はこの配色がいろいろ登場してくるってことですね。
国井:靴屋の考えだと、コラボレーションって一足一足に違うコンセプトを作るじゃないですか。あくまでコラボで完結するのではなく、インラインモデルへのストーリーテリングを踏まえても。でも洋服屋はシルエットやボリュームで遊べるから、違うブランドやモデルで同じようなカラーを出したとて、スタイリングを組んでいく時に必要な足元の要素をバリエーションで提案してあげられるってスタンスがおもしろい。
小澤:太いパンツにはこちら、細いのにはこれ、スポーティにいきたいならこれ、って同じ配色で選択肢を用意できるのは服屋の強みですね。ちなみにミタではもう予約で完売しているみたいですが、それはカラーリングの力ですか?それともGEL-NYCのモデルの強さですか?
国井:どっちもだと思います。これがもしミタで白ベースだったらお客さんも戸惑うかもしれませんね。
小澤:ちょっと掛け合わせの話に戻るんですが、国井さんは2000年代初期からNIKEなどでチョップショップ(複数のモデルを切り貼りするようなデザイン)を手がけていたと思うんですが、あの頃の感覚と同じように今のアシックスのモチーフのミックスを捉えていますか? 僕はあの頃は復刻がスッと足元に入ってきたのですが、20年以上もファッションの世界にいて、スタイルも趣味も変わっていくと、当時のスニーカーをもう一度って、すごく難易度が高いんですよね。
国井:完全復刻だけがアーカイブの使い方じゃないよねって考えからチョップショップというアイデアが生まれましたが、その裏には日本のスワップ車(シルエイティ)とかから発想を得ていました。あとは現実的にソールを復刻するってメーカーにとって大変な作業なんですよ。だからツーリングはこれを使いながら、アッパーはこれ、とか。その逆も然りで。スポーツメーカーって結局はパフォーマンスのイノベーションが目的だから、競技者には常に最新を提案してすればいいけど、ライフスタイルとなると目的がすごく抽象化されてしまう難しさもあります。
小澤:確かに、最新でもない過去のソールテクノロジーをわざわざ復刻させるって、メーカーにとってはよほど意義深くないと価値がないですよね。しかも1モデルのためにそんな贅沢な投資できませんから。コストや生産効率、拡張性を考えても、最新で最高のテクノロジーを提案する方が理に叶っていますが、最新で最高のランニングシューズって普段履きできないですよね。
国井:パフォーマンスシューズが型落ちしてタウンユースに落ちてきたのが90年代だったんですよね。それってスポーツカーと大衆車くらいの距離感だったと思うんですが、今は進化しすぎてF1カーとエコカーくらいの距離がある。F1カーを乗りこなせる人自体がそもそも少なすぎるのに、街で乗りこなせないですよね。
小澤:日常で歩くためのソールではないですからね。それをいうと現代から振り返ると2000年代のランニングシューズは快適性の観点から行っても街履きできる理想的なテクノロジー感かもしれません。
国井:いろんな意味で万人が納得できる最適化かもしれませんね。
小澤:とくにアシックスは真面目なスポーツ少年だったから、付随するカルチャーが豊富ではない。ナイキやアディダスのように、音楽や映画との結びつきも少なければ、ヴィンテージ文化と接点がない分、表現の自由度が高いメリットもある。元ネタも知らないから、誰も復刻の精度に対して不満も生まれないから、今のトレンド軸だけで考えてスニーカーをデザインできますね。
国井:スポーツの世界が突き進みすぎて、タウンユースにイノベーションが生まれにくい分、その補完としてハイブリッドが理想じゃないですか。IT業界だって昔に比べるとイノベーションのスピード感は確かに遅くなっていますよね。ハードはある程度完成されて、世の中がソフトウェア・アップデートの時代に入っていると思うんです。
小澤:アップデートを繰り返して細かいバグを修正していくAppleのOSのように、スニーカーもゆっくりとトレンドのズレを修正しながら提案していく方がいいかもですね。ちょっとずつ履き心地もよくなって、スタイリングにフィットしていく流れが、今のスニーカー業界の縮図な気がしますし、それがアシックスの魅力ってことですね。
国井:イノベーションって誰も想像していない先を見せて引っ張っていく作業だから、最初からフィットするはずがないんですよね。ソフトウェアのアップデートの方が、快適だし、手が届きやすい。いろんな意味でコンフォータブルというか最適化されていると思います。
国井栄之(Shigeyuki Kunii)
東京/上野から独自のスニーカースタイルを提案するmita sneakersならびに、2024年2月に虎ノ門ヒルズステーションタワーにオープンしたHerringbone Footwearでディレクターを務める。数多くのブランドとのコラボモデルや別注モデルを手掛けるが、アシックス関連でのコラボや日本企画でもその手腕を発揮。世界的プロジェクトから国内インラインのディレクションまで多岐にわたり、スニーカープロジェクトに携わる。小澤匡行(Masayuki Ozawa)
編集者、ライター。2000年に1年間の米国留学を経たのちに雑誌『Boon』でキャリアをスタート。著作に「東京スニーカー史」(立東舎)、「1995年のエア マックス」(中央公論新社)など。雑誌『UOMO』、朝日新聞にてスニーカーのコラムも執筆中。現在は編集プロダクションMANUSKRIPTを主宰し、雑誌や広告の制作、企業コンサルティングなどを務める。