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  3. イライジャは今日も街に出て、スケートをして、ホットドッグをほおばる。誰かとつながる絵を描くために。
  • きみはニューヨークに行ったことがあるだろうか。レイドバックしたビーチ沿いの空気感、無愛想なデリの店員、路地裏から漂うホコリとバターとコーヒーの混ざった香り……それぞれのニューヨーク像があるだろうけれど、ともあれ、ニューヨークは「5 BORO(ファイブボロ)」と呼ばれる5つの地区で構成されている。マンハッタン、ブルックリン、クイーンズ、ブロンクス、スタテンアイランド。〈JOURNAL STANDARD〉がイラストレーターのElijah Anderson(イライジャ・アンダーソン)にオーダーしたのは、「5 BORO」をニューヨーク在住のイライジャのフィルターを通して描いてほしいということ。この生っぽさの理由は? 本人に問うてみた。

    Planning_Yusuke Takayama(JOURNAL STANDARD)

    Interview&Text_Nobuyuki Shigetake

    Special Thanks_PILE Inc

    架空のキャラクターくらいは幸せで、
    陽気なほうがいいでしょ?

    よろしくね。さっそくだけど、イライジャはニックネームのようなものはあるの?

    Elijah(以下、Eli):よろしく! 友達には“イーライ”って呼ばれているよ。

    Elijah Anderson(イライジャ・アンダーソン)
    / イラストレーター

    フロリダ州サラソータ出身、ニューヨーク州ブルックリン在住。フロリダ州立大学卒業。幼少期からスケートボード、サーフィン、グラフィティ、音楽に傾倒し独学でアーティストおよびイラストレーターとしてキャリアを積む。〈adidas〉〈Adsum〉〈Saturdays NYC〉などのブランドとコラボレーションするほか、メイヤー・ホーソーンのツアーグッズや雑誌『POPEYE』や『VICE』などのエディトリアルも手がける。必需品はペン、鉛筆、マーカー、音楽、iPad、カフェイン、良い服、友達、モーニングルーティン、旅行、美味しい食べ物、ビーチと自然。スケートボードは常に車の中。

    じゃあ僕もイーライと呼ばせてもらうね。イーライはニューヨークに住んでいるんだよね?

    Eli:うん。今はブルックリンのベッドスタイ(編集注:ベッドフォード=スタイベサント。ブルックリンの中央に位置する地区。ヒップホップの聖地)で暮らしてる。落ち着くし、大好きな場所なんだ。

    ベッドスタイってどういうエリアなの?

    Eli:住んでいる街だからバイアスはあるかもしれないけれど、僕にとっては特別な場所。近所には歴史がたくさんあって、住んでいる人たちも多様性に溢れてる。センスのいいコミュニティもたくさんあるんだ。建築物、飲食店、公園、すべてが本当に特別だよ。

    他にもニューヨークでお気に入りの場所はある?

    Eli:クイーンズのロッカウェイ・ビーチはいつ行ってもエキサイティングだね。街の外側に別の小さな世界があるみたいなんだ。とにかく、一箇所に決めるのは難しいよ。選択肢が多すぎるから(笑)。好きなお店もたくさんあって、C'H'C'M'はいつ行っても欲しいものが見つかるお気に入りのメンズウエアショップだし、アルメダ・クラブはサーフィンの前後に立ち寄ると最高なんだ。あと、フロント・ジェネラル・ストアもいつもクール!

    どこも愛着があるんだね。今回のコラボレーションではニューヨークの「5 BORO」をイーライに描いてもらったけど、Tシャツになったのを見て、率直にどう思った?

    Eli:とても素敵だと思った! 何より、僕の目を通したニューヨークを見せられる機会をもらえたことがすごく嬉しい!

    ありがとう! イーライの目を通したニューヨークはとてもキラキラしていて、人々がみんな楽しそうに描かれているけれど、実際のところそうなの?

    Eli:ああ、僕自身はいつも楽しく過ごしているよ。ただ、ニューヨークは本当に素晴らしい場所だけど、アメリカの他の地域と同様に、社会サービスの面では問題だらけなんだよね。街にはゴミが溢れてるし、心身の健康に苦しんでいる人もたくさんいる。経済格差も大きな問題だよ……。ときどき、気が狂いそうになることもあるけれど、そうやって人々の悲しみや傷つきを間近で見ているからこそ、絵の中のキャラクターは幸せそうに描きたいと思っているんだよね。架空のキャラクターくらいは幸せで、陽気なほうがいいでしょ? 当然、痛みや悲しみも無視できるものではないから、アートを通じていろんな感情を表現していきたいとは思っているけどさ。

    頭に余分なスペースを作っておかないと、
    良いクリエイティブは生み出せない。

    なるほどね。ところで、イーライはどのようにしてアーティストになったの?

    Eli:物心ついたときから、クリエイティブなことが人生の原動力だったんだ。幼い頃から絵を描くのが大好きだったしね。アーティストへの扉が開かれたのはティーンの頃で、グラフィティやストリートアート、スケートボード、サーフィンに没頭したことがきっかけだった。アンダーグラウンドのシーンに興味を持ったのもその頃だね。でも、音楽も僕の創作活動における大きな核で、大学ではジャズ・パフォーマンスを勉強していたんだよ。ビジュアル・アートは勉強で習得したわけではなくて、いつも何らかの形で自分の一部としてそこにあったんだよね。

    そうだったんだね。イーライのイラストレーションからは常に音楽の匂いがしていたから、ジャズ・パフォーマンスを学んでいたと聞いて納得したよ。そうやって“音楽の気配”みたいなものをイラストレーションに落とし込むときに、何か意識していることはあるの? 音は可視化できないものとされているから、きっとアーティストそれぞれが個性的な考えを持っていると思うんだ。

    Eli:イラストの目的にもよるけれど、彼ら(キャラクターたち)の世界でも何かしらの音楽が流れていることは、彼らの動きや表情を通して伝えていきたいと思っているよ。それと、飾りとして音符を描くことが多いんだけど、音符って、とても自由で楽しいモチーフなんだ。伸ばしたり、動かしたりしても音符だと認識できるしね。あとは、スタジオでいつも音楽をかけながら作業をしているから、無意識のうちに絵の中に音楽が忍び込んでいるのかもしれないね(笑)。

    最近はどんな音楽を聴きながら作業をしているの?

    Eli:インディー・ロックを聴くことが多いかな。他にはエレクトロニック/ダンス・ミュージック、ラップ/ヒップホップ、ジャズ、レゲエ/ダブ……聴いている音楽はそのときの気分とリンクしていることが多いから、スタジオでのルーズで計画的でない制作にはそれが出ていると思う。描くべきものが決まっているときは、それほどイラストレーションに影響は出ないけどね。

    なるほどね。今のスタイルになるまでに、いろいろなものから影響を受けた?

    Eli:うん。まちがいなく、たくさんのスタイルが融合しているだろうね。本当に数え切れないくらい。具体的にいくつか挙げるなら、昔のディズニー作品のようなラバーホース・スタイルのアニメ、それとミッドセンチュリー・スタイルのイラストレーション、あとは、グラフィティ。自分の好きなものと作っているものとを切り離して考えるのはどうしたって難しいなって感じるよ。いろんなものに刺激を受けたからこそ今の自分がいるし、今、こうしているあいだにも何かしらから影響を受けているだろうしね。

    グラフィティも下地にあるんだね。イーライのイラストレーションが街によく似合うのは、そういう理由だったんだ。創作に没頭することも大事だと思うけど、街に出て刺激をもらうことも同じくらい大事だと思うんだよね。

    Eli:確かにそうだね。摩天楼の中であろうと、自然や海であろうと、とにかく「外にいる」ことがすごく大事。ただ生活をして、人生を楽しんでいるときこそ、アイディアって降りてくるから。誰かや、自分自身とつながるための作品を生み出すには、たまには立ち止まって花の香りを嗅いだり、マンハッタンの道端でホットドッグをほおばったりしないとね!

    そういう「何もしない時間」をあえて作るって大切なことだよね。

    Eli:本当にそう思うよ。アーティストとして生きていくためには、制作している時間とそうでない時間のバランスが肝心で、僕の場合は頭に余分なスペースを作っておかないと良いクリエイティブは作れない。だから、毎日職場に通って、一日中座って仕事ができる人を本当に尊敬するよ。僕には絶対にできないから(笑)。

    自身の作品を象徴するモチーフのようなものはある?

    Eli:今のところ、キャラクターや彼らの表情でよく知られてるんじゃないかな? 他のテーマもしばらくの間、一貫してトライしていたよ。たとえば、言葉や詩を、絵と組み合わせて使ってみたりね。

    いろんな変遷があったようだけど、もう自分のスタイルは定まったと考えている? それとも、まだまだ変わっていく可能性がある?

    Eli:スタイルやメディウムに縛られないレベルに達することが目標だから、まだまだ変化し続けていくと思うよ。何よりも自分自身が退屈することが絶対に許せないんだよね。もちろん、クライアントやオーディエンスも退屈しないことを願っているけどね(笑)。停滞感や行き詰まりは一度ハマったらなかなか抜け出せないから、本当に怖いよ……。

    スケートボードにたくさんの恩がある。

    ところで、イーライのInstagramではスケートをしている様子がいくつもポストされているけど、今もスケートはしているの?

    Eli:もちろんしているよ! 以前ほど頻繁ではないけどね。それでも習慣としては残っているし、ずっと続けていくと思う。若い頃は時間を忘れて没頭していたけど、今はそのエネルギーを注ぎ込む別の出口を見つけられたし、30歳になって身体も前より動かなくなったしね(笑)。それでもスケートボードが大好きなのは変わらない。スケートボードにはたくさんの恩があるんだ。

    “恩”、素敵だね。スケートから学んだことも多そうだね。

    Eli:そうだね。スケートそのものと同じくらい、スケートをしているときの周りの環境も僕の思考に大きな影響を与えているんだ。良いスポットで良いトリックをするにはクリエイティビティが必須だしね。もちろん、ボードのグラフィックも僕の幼少期のセンスに大きな影響を与えた。でも、ストリートに出て、自分が置かれている場所をただのコンクリートの塊ではなくキャンバスとして見立てることや、面白い人たちとの出会いこそが、スケートから得た何よりの学びかな。

    「周りの環境も関係している」とは、面白い考え方だね。スケートの奥深さって「その場にあるものをどのように最大限活かすか」ってところにあると思うんだけど、イーライのアートワークからもそういったパーソナルな雰囲気を感じているよ。合っているかな?

    Eli:確かに、作品にも表れているだろうね。できる限り少ないプロセスから最大限の影響力を生み出すことは、あらゆるクリエイティブな実践において重要なことだよね。余分な「ふわふわ感」みたいなものは、表現したいことが明確な場合は邪魔になることが多い。僕は自分の作品や、僕自身が尊敬しているアーティストたちの作品の「生々しさ」が好きなんだ。生々しいものって普遍的に魂に語りかけてくるでしょ? アートを勉強した人にしかわからないような学術的な作品って、どこか近づきがたい気がしちゃうんだよね。

    とてもよくわかるよ。ちなみに、尊敬しているスケーターっている? どういうスケーターが好きかで、その人のことってなんとなくわかると思うんだけど。

    Eli:確かにそうだね。まず、特に夢中になったのは〈Girl Skateboards〉の『Yeah Right』と〈Lakai〉の『Fully Flared』、この2つのビデオ。そもそも持っていたスケートビデオはこの2つだけだったんだけど、すごく好きで繰り返し観たよ。ジノ・イアヌッチ、マイク・モー・カパルディ、マーク・ジョンソン、エリック・コストン……全員がレジェンドだね。もちろん、ディラン・リーダーは数いるスケーターのなかでも特別。亡くなってから数年が経つけど、『Mind Field』のディランのパートは何度見ても色褪せないね……レジェンドよ、安らかに眠れ!

    はは、本当にスケートにたくさんの恩があるんだね。

    Eli:ああ。年齢を重ねるほど、スケートに全力で熱中している仲間たちからインスピレーションをもらうようになったかな。時折、友人のペドロ・デルフィノや、プロスケーターになった、あるいはスケートからネクストキャリアを築いた友人、知人全員に「最高にクールだ!」と叫びたくなるんだ。

    少し脱線するけれど、影響を受けたアーティストは?

    Eli:デビッド・ハモンドは長いこと好きで、ずっと動向を追っている。でもやっぱり、切磋琢磨しあってる同業者たちからの影響はすごく大きいよ。

    素晴らしいことだね。話は戻るけど、スケートはDIYカルチャーの代表的なものとみなされているけれど、何かアートと共通するものってあると思う?

    Eli:あると思うよ。実際、スケーターからアーティストに転身する人も多いしね。どちらもルールがまったくないけど、忍耐と規律が重要であることが共通項だと思う。グラフィティ、ジャズミュージック、サーフィン......どれも限りなく自由な表現だけど、それぞれ独自のテクニックやニュアンスがあって、本質的に理解したり、マスターしたりするには一生かかるだろうね。

    アートにしろスケートにしろ、グラフィティにしろジャズにしろ、自由な表現であるからこそ、自分と向き合うことが必要ってことだよね? 僕は商業ライターだけど、分かる気がする。

    Eli:そのとおり! きみもそうだと思うけど、いざ座って創作を始めるまでにもたくさんの葛藤と受容があるよね。ただ、僕にとっては、アートって現実逃避でもあるんだ。

    現実逃避。詳しく聞かせてもらえる?

    Eli:ああ、もちろん。たとえば、アートやスケート、ジャズの演奏に没頭していると、他のすべてがシャットダウンされるような感覚になることがあるんだけど、それがすごくエキサイティングなんだよ。常にその状態になれるわけではないんだけどさ。オートマチックに創作しているなかでも自分自身に問いかけたり、意思決定をする瞬間はあるんだけど、そのときは「考える」って感じではなくて、ただただ時間が流れていくように錯覚するんだ。その感覚が、本当に最高なんだよね。

    なるほどね。いろいろ聞かせてくれてありがとう、イーライ。また日本にも遊びに来てよ。

    Eli:うん、こちらこそありがとう。日本には2022年12月に〈Saturdays NYC〉のライブペインティングの仕事で、大阪の店舗に行ったのが最後だから、また訪問できる日が待ち遠しい。それにしても、彼らの店舗は本当に美しくて、コーヒーも最高だった。そのときに『POPEYE』の編集部にも遊びに行ったんだよね! ギャラリーや飲食店にもたくさん行った。Scooters For Peace、Commune Gallery、Paddlers Coffee、なすおやじ、Coflo、神奈川への素敵な日帰り旅行……! どれも素晴らしい思い出。うまい具合にことが進めば、またすぐに行けそうだよ。