NOTO FIELD NOTE
能登のいまと、そこにある営みを訪ねる。
NOTO FIELD NOTE #05地元の人が誇れる店を、能登に。
今年の『BAYCREW’S FESTIVAL』では、七尾で〈うみまち商店〉を営む日野貴明さんが、能登の食材を使った料理を提供します。2018年に能登へ移住し、2021年にフレンチレストラン〈ひのともり〉を開業。震災後は店の形を見直し、現在は昼に定食、夜に酒や料理を楽しめる店として営業しています。
食材をつくる生産者がいて、料理人がいて、食べる人がいる。「その流れがあって初めて、食文化は残っていく」と日野さんは話します。能登に移り、店の形を変えながら料理を続けてきた日々と、七尾のこれからについて話を聞きました。
地元の人が誇れる店を。
日野さんが能登へ移住したのは、2018年のことだ。東京で飲食店に勤めていたが、仕事に追われる日々に疲れ、もう少しゆっくり暮らしたいと考えるようになった。地方で働きながら暮らす制度を知り、応募したのが能登半島の先端に位置する珠洲市での仕事だった。二週間ほどの滞在を予定していたが、現地の人たちに受け入れられ、そのまま約一年半を能登で過ごすことになる。「僕は同じ石川でも金沢市の出身ですが、能登の人たちは市外の人たちにも親切で、ウェルカムな雰囲気だったんです。すごく居心地が良くて、気が付いたら一年半経っていました(笑)」。
その後、コロナ禍をきっかけに、知り合いの伝手を頼って福岡へ移ることにした。半年ほど暮らすうち、能登を離れた生活に物足りなさを感じ、次第に戻りたいという思いが強くなっていった。「福岡で暮らしているうちに、すぐに能登での日々が恋しくなったんですよね。それに、自分で店をやりたいという気持ちもあって、『能登で自分の店ができたら最高だな』と思って、居抜きですぐに飲食店をオープンできる物件がないか、SNSで聞いてみました」。
その投稿を見た知人から、七尾で長く続いていたイタリアンの跡地が空くと連絡が入った。16年ほど続いた店を引き継ぐかたちで、2021年にフレンチレストラン〈ひのともり〉を開業した。日野さんが店に持ち込もうとしたのは、能登の食材だけではない。地域の人が大切な人を連れていきたくなるような、誇れる店をつくることだった。「能登には、人口減少や高齢化の課題があります。若い人たちは金沢や都市部へ出ていくし、外から来た人が地域の良さを感じられる場所も、まだ少ない。自分が移住者だからこそ、能登の魅力に気づけた部分もあるかもしれません」。
開業直後は、新型コロナウイルスの影響で店内営業が難しく、テイクアウトからのスタートになった。それでも、料理をきっかけに地域の人と知り合い、店の存在を知ってもらうことができたという。「当時はまだ若かったので、料理の技術も今と比べるとまだ未熟でした。でも、スタッフと一緒に、とにかく明るくやっていました。少しずつ地域の人に知ってもらえて、店を続けていく土台ができていったと思います」。
店を続けることが、食文化を支える。
2024年1月1日、日野さんは東京の実家で地震に遭った。能登へ戻る交通手段は限られていたが、翌日には移動を始めた。鉄道を乗り継ぎ、知人に車で迎えに来てもらって七尾へ向かった。「七尾に戻って、店の中を見たら、食器も家具もほとんど壊れていました。地元の作家さんに焼いてもらった一点物の器も多かったので、すごくつらかったことをよく覚えています」。
それでも、店を続けることを決めた。家を失った人や、生活の基盤を失った人がいるなかで、店が残っていること自体が、地域の人にとって意味を持つのではないかと考えたからだ。「震災前は、自分が能登を好きだから店をやっていました。でも、震災後は、能登を好きな人たちのために店を続けたいと思うようになったんです。『ひのともりは、まだ続けてくれている』と思ってもらえることが、ひとつの希望になるかもしれないと思ったから」。
炊き出しや物資の運搬にも関わりながら、店の再開に向けた準備を進めた。現在、〈ひのともり〉は店舗営業を休止しているが、日野さんは、別の店へ料理を届けるセントラルキッチンとして活用することを考えている。震災後に営業を再開した際には、完全予約制のフレンチから形を変え、昼は定食、夜は酒や料理を気軽に楽しめる店として営業した。そのスタイルを引き継ぐかたちで、現在の〈うみまち商店〉では能登の魚や野菜を使った料理を提供している。「フレンチは、嗜好品の側面もある。でも、復旧に関わる人や、地域のおじいちゃん、おばあちゃんが使いやすい、予約をしなくても立ち寄れて、少し元気になれる場所があると良いなと思ったんです」。
昼は定食屋として、夜は居酒屋やバルのような場所として。能登の魚を使った料理や、地元の食材を取り入れたメニューを並べることで、地域の人が普段使いできる店を目指している。日野さんが店を構える七尾の一本杉通りには、昔から続く老舗と、新しく生まれた店が混在している。「七尾に長く暮らしている年配の方たちも、新しいものがすごく好きなんです。昔からあるものを大切にしながら、新しいものも受け入れている。そういう雰囲気が、七尾にはあると思います」。
食文化の話になると、日野さんは“食べる人”の存在を挙げる。「どれだけ良い食材があっても、食べる人がいなければ、生産は続きません。魚や野菜をつくる人がいて、料理人がいて、食べる人がいる。その流れがあって初めて、食文化は残っていくんだと思います」。
能登は魚や野菜に恵まれている一方、人口減少や高齢化によって、つくり手が減っている。地域の食材を使い、料理として届け、食べる人を増やす。そこに、料理人として関わる意味がある。「料理人が店を続けることは、単に料理を出すだけではありません。食材をつくる人や、地域の環境と向き合いながら、どうすればこの土地の食を残していけるのかを考えることでもあります」。
フレンチレストランから定食屋へ。日野さんが店の形を変えてきた背景には、その時々に必要とされる場所をつくりたいという思いがある。「自分が楽しいと思えることなら、まずやってみたいんです。能登に来てからも、いろいろな人に影響を受けてきました。次は、自分が誰かにとってのきっかけになれたらと思っています」。
能登を、歩いて楽しめる食の街に。
日野さんが思い描くのは、食を目的に人が訪れ、街を歩いて楽しめる能登の姿だ。「能登がこれまで以上に『食の街』として知られていったらいいですよね。高級なレストランだけでなく、居酒屋や食堂、泊まれる場所があって、いろいろな店を歩いて回れる。そういう街になれば、もっと人が来てくれるし、住みたいと思う人も増えるかもしれませんし」。
七尾には、日野さんのように外から移り住み、地域で店を始めた若い世代も少しずつ増えている。そうした新しい人の動きは、街の雰囲気にも変化をもたらしている。
震災をきっかけに、日常の大切さを改めて感じたという日野さん。能登を訪れる人には、肩の力を抜いて、リラックスしに来てほしいと話す。「能登に来るときは、心を手ぶらにして来てほしいです。道端の草を見たり、海を眺めたり、地元のおじいちゃんやおばあちゃんが歩いているのを見たり。都会とは違う時間の流れを感じてもらえたらと思います」。
今回の『BAYCREW’S FESTIVAL』では、日野さんをはじめとする料理人たちが、能登の食材を使った料理を提供します。料理を味わいながら、能登の食材が育つ環境や、そこに関わる人々の営みにも思いを寄せていただければと思います。まずは会場で、能登の食に触れてみてください。
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