NOTO FIELD NOTE
能登のいまと、そこにある営みを訪ねる。
NOTO FIELD NOTE #01人の手が守る、里山の風景。
昨年の『BAYCREW’S FESTIVAL』でお預かりした寄付金の一部を、白米千枚田の復旧活動に活用しています。白米千枚田は、輪島を代表する観光地であり、地域の人々が手を入れながら、多くの人を迎えてきた場所です。田んぼを直し、米作りを続けることは、訪れる人を迎えてきた千枚田の姿を取り戻すことにもつながります。
震災によって大きな被害を受けた田んぼでは、ボランティアの力も借りながら、今も復旧作業が続いています。一枚ずつ人の手を入れていく千枚田の米作りは、その復旧の過程もまた、人の手によって支えられています。
一方で、市内の宿泊施設の多くが被災し、復旧作業に携わるボランティアが長期滞在できる場所は限られています。田んぼの復旧に必要な人を受け入れる環境が整っていないことも、作業に時間と労力がかかる理由のひとつです。そこで現在、千枚田の復旧拠点となる施設の整備を昨年お預かりした寄付金で進めています。この拠点は、復旧作業に携わるボランティアの受け入れに限らず、耕作を手伝う長期滞在者の受け入れなど、千枚田を未来につなぐ活動全般に活用する予定です。
効率や生産性だけでは測れない、この場所の価値とは何か。千枚田に戻ってきた経緯や保全活動、これからの関わり方について、愛耕会・広報の堂下真紀子さんに話を聞きました。
千枚田を支える、手間と時間。
「千枚田は、効率や生産性だけで考えたら、決して合理的な場所ではありません。田んぼの一枚一枚が小さくて、機械も入れることができない。手間をかけたわりに、収穫量もそれほど多くない。それでも、手間がかかるほどかわいいというか、一枚ずつきれいに手入れしていくことに意味があると思っています」。
そう話すのは、白米千枚田の保全活動を行う「愛耕会」広報の堂下さん。千枚田は地震と豪雨によって大きな被害を受けた。見た目にはわからない細かな亀裂が田んぼに走り、水漏れが起きている場所もある。「震災直後は、約8割の田んぼが何らかの被害を受けました。作付けできる田んぼは、最初は約120枚でしたが、昨年は約250枚、今年は約480枚まで増えています。来年もさらに100枚ほど増やせればと思っています」。
ただ、田んぼを直せばすぐに米作りが再開できるわけではない。「水路の被害が大きく、まだ仮復旧の状態です。田んぼを増やしても、必要な量の水が届かなければ作付けできない。実際に水を張ってみないと、わずかな歪みや水漏れもわかりません。田んぼの復旧には、まだ時間がかかります」。
堂下さんがより大きな課題として挙げるのは、米作りに携わる人の不足だ。「地震をきっかけに、千枚田に関わる人がほとんどいなくなりました。愛耕会のメンバーも半減し、常時活動できるのは5〜6人ほどです。田んぼそのものは、何年かかっても直せるかもしれない。でも、人がいなければ米作りは続けられません」。
収穫や草刈りには、全国から訪れるボランティアの力を借りている。今後は、田植えや稲刈りだけでなく、草取りや草集めにも継続的に関わってもらえるよう、長期滞在を含めた受け入れの形を整えていく。ボランティアが滞在できる場所や、作業を支える施設の準備も始まっている。「田植えや稲刈りだけでなく、草取りや草集めなど、お願いできる作業はいろいろあります。千枚田での作業は特別な体験だと言ってくださる方も多いので、その価値をきちんと形にして、活動を続けるための費用につなげることも必要だと思っています」。
堂下さん自身も、もともとはこの土地に閉塞感を抱いていた。山と海に挟まれ、外に行く道は国道249号線だけという環境を離れ、18歳で関西へ。その後、金沢でテレビディレクターとして働き、能登を取材するなかで、地元に残る営みを外から見つめ直すことになった。「毎日、田んぼや畑に通うおじいちゃんやおばあちゃんがいました。目立つ人たちではないけれど、そこにはいろいろな知恵があって、里山里海を守っているのは、こういう人たちなんだと思った。テレビでは珍しいものや新しいものが求められがちですが、こういう地味な営みこそ、もっと日の目を浴びてほしいと感じました」。
2020年、堂下さんはこの土地へ戻った。都会での生活を離れ、千枚田に関わりながら、地域の営みを伝えるためだ。「最初は、戻ってこなければよかったと思うこともありました。都会で刺激の多い生活に慣れていたので、田舎に戻って退屈しないのか、不安だったんです。でも、千枚田があることで、外からいろいろな人が来てくれる。自分が都会へ出なくても、ここで新しい人に会えるようになりました」。
千枚田に人が集まる理由は、その景色を見るためだけではない。田んぼに水を張り、手を入れることで、生き物も戻ってくる。「春になって田んぼに水を入れると、どこからともなくおたまじゃくしやカエルがやってくる。人間が手を入れることで、生き物が戻ってくるんです。そういう光景を見ると、里山とはこういうことかと腑に落ちるんですよね」。
そうした自然の変化を感じながら暮らすことに、堂下さんは豊かさを見出している。「自然に合わせて暮らすと、天気や季節に予定を左右されます。でも、本来はそれが当たり前なんですよね。自分の都合だけでは生きられない。自然や周りの人に合わせながら暮らすことが、ここでは普通なんです。その感覚が、すごく豊かだと思っています」。
効率化や機械化が進む時代に、千枚田での作業は手間がかかる。それでも、その手間を含めた時間を体験してもらうことが、千枚田に関わる人を増やすきっかけになるのかもしれない。「今の価値観からすると、非効率な場所かもしれません。でも、こうした手作業や昔ながらの知恵には“もったいない”の心や、人と人が協力する結(ゆい)の精神が宿っていて、効率だけでは測れない価値があると感じています。だからこそ、これからもここを守っていきたいし、千枚田が発するメッセージを全国に届けていきたいんですよね」。
現在整備を進めている施設は、年内の完成を目指しています。完成後には、寄付金がどのように活用されたのか、現地の様子とともにあらためてレポートでご報告します。









