SPECIAL
INTERVIEW

スタイリスト・馬場圭介に訊く、
「流行」の正体

KEISUKE BABA

平成から令和にかけての30年間。携帯電話は薄く、便利な板切れになり、もちろんファッションにだって、数え切れないほどの変遷があった。シノラーもアムラーも過去の遺産だし、竹の子族とカラス族は原宿、いや日本からいなくなった。かつてエディ・スリマンのクリエイションに心酔した若者はいま、どんなボトムスを穿いているんだろう。

過ぎていくものと残っていくもの。忘れ去られるものと再評価されるもの。流れ行くものは銀河系で行き場を失うか、研磨されてより一層の輝きを放つかの二択だ。

新生児が中間管理職になる30年間。1人のロンドン・キッズは日本が誇るトップスタイリストになった。馬場圭介の眼には、現在のファッション・ゲームはどのように映るのか。本稿では同氏による軽妙な証言から、実態を持たない「流行」の正体、その一端を手繰り寄せる。

馬場圭介
KEISUKE BABA

1958年生まれ。1980年代に渡英。帰国後、東京でスタイリストの大久保篤志氏に師事し、1年のアシスタント期間経て独立。自身のルーツでもあるUKスタイルを軸にしたコーディネートで、雑誌、ミュージシャン、俳優、ブランドのカタログなどにおいて幅広く活躍している。本稿の取材場所となったCouncil Flat 1は馬場氏が自ら手がけるヴィンテージショップ。店内には、同氏の審美眼でセレクトされたお宝UKヴィンテージアイテムが多数並ぶ。

Photo:Daiki Endo(Interview), Chihiro Kiyota(Still)
Text&Edit:Nobuyuki Shigetake

TOPICS

バックグラウンドなんて気にするな

KEISUKE BABA

- このインタビューでは「流行」についてお聞きしたいのですが。

馬場:
流行か。なんだろうね。難しいよ(笑)。

- 「流行」「トレンド」というものを、直に肌で感じたのはいつが最初ですか?

馬場:
中学生の時かな。「マジソンバッグ」ってのがあって「MADISONSQUAREGARDEN」ってロゴがプリントされたビニール製のボストンバッグなんだけど、てっきりニューヨーク土産かと思いきや実は日本製のものが大半だったっていう。あれはなんで流行ったんだろう?多分、雑誌とかだと思うんだけど。それが最初だった。みんな持っていたね。知らないでしょ?マジソンバッグ。

- あとで調べてみます。そのほかに印象に残っているものだと?

馬場:
ルーズソックスはとにかくヤバかったな(笑)。あれには本当に衝撃を受けた。素人発信で、なおかつ日本独自となると、あそこまで流行したものは後にも先にも他にないでしょ。最初に履いた子にインタビューしてみたいとずっと思ってるんだけど、なかなか辿り着けないんだよね。

- 初期ブーム時の1990年代に素人発信で、日本全国に、となると、なかなか他に例がないですよね。しかも2022年現在、再燃しているという。

馬場:
あれも流行のきっかけは雑誌とかだろうから、当時のギャル雑誌の編集者とかに聞けば分かるのかなぁ。いや、安室奈美恵とかが火付け役なのかな?多分違うよなぁ。

- 「この流行は勘弁してほしいな」みたいなのはありましたか?

馬場:
そんなのたくさんあるよ(笑)。特にグランジファッションは本当に勘弁してほしかった。NIRVANAとか全然興味なかったし。彼らが、ミュージシャンが普段着でライブする、って概念を持ち込んだよね。そういう意味では時代を変えたんだけど、俺にはいまいち理解ができなかった。The Beatlesしかり、ステージに上がるイコール着飾るってことだと思ってたから。NIRANAはアメリカのバンドだけど、アメリカ人はああいう土臭いファッションが好きだよな。

- ちなみに馬場さんがロンドンに住んでいた1980年代のイギリスのファッションはどのような感じだったんですか?それこそ「流行」のようなものはあったのかなって。

馬場:
ちょうど「流行」は存在しないタイミングだったんだよね。ひととおり出尽くしちゃったあとで、いろいろと入り混じってとにかく混沌としてた。サッチャー政権の頃でまだ不況だったからってのもあるかもね。音楽もThe Smithsとかが盛り上がってた頃だったけど、彼らは当時はファッション的に注目される存在でもなかったしな。

- Oasisはもうちょいあとですか?

馬場:
そうだね。それどころか、まだリアルなパンクスやスキンズが街のあらゆるところにいたような時代だよ。

- そう考えると不況でも、活気はありそうですね。

馬場:
そうね。やっぱり、不況を跳ね返そうとして活気がある状態じゃないと、新しいカルチャーは生まれないよね

- 不況から何かが生まれると言うと、それは今の日本にも同じことが言えるかもしれない、と思うのですが。

馬場:
確かに今の日本は、不況は不況だよな。もし何か新しいものが生まれるんだとしたら、今なのかもしれないね。それが何なのかはさっぱり分からないけど(笑)。もう生まれてるのかもしれないし。

- クラブも大箱が無くなって小箱がメインになってきたり、夜の街にもいろんな変化がありましたよね。

馬場:
クラブも結構潰れちゃったよね。それはそうと、ファッションと音楽で言うと、今はヨーロッパよりも圧倒的にアメリカ、ヒップホップ、黒人って流行があるじゃない。それを考えると、この流れを作ったヴァージル(・アブロー)ってすげーなって改めて思う。

- やっぱり、音楽とファッションは常に密接ですよね。

馬場:
それは今も昔も変わらないね。その時代ごとに流行の音楽があって、それに紐付いたファッションがある。今でいうと、アメリカナイズドされたビッグシルエットな洋服はやっぱりヒップホップの流行にくっついてるよね。とはいっても、ヒップホップのファッションをするのなら、ヒップホップを聴いてなきゃいけない、文化に詳しくないといけないってわけではないと思う。

- と言いますと。

馬場:
だって流行が変わってファッションが変わるたびにバックグラウンドを脳内に入れてたら、キリがないでしょ(笑)。むしろ、ファッションとして楽しむんだったら、細かい情報は知らないほうが凝り固まらずに、面白い着こなしができるかもしれないとさえ思うよ。パンクスのファッションだって、もう街にもライブハウスにもパンクスはいないわけだから、今の若い子たちが服装を真似するんだったら想像でやるしかないわけだしさ。

- なるほど、確かに。個人的にはバックグラウンドを知らずに洋服を着ることに少し抵抗があるのですが。

馬場:
そういう人も多いだろうけど、俺は全然いいんじゃないかなって思う。「流行」で洋服を選ぶことに対して、否定的な想いは一切ないね。ロックファッションが流行っててバンドTシャツを着たかったら、デザインで選んだっていいわけだし。そのバンドを聴いたことがないとしても。

- 馬場さんにそう言われるとそれでも良いんだな、と思ってしまいます。

馬場:
まあファッションなんてのは、生活の一部でしかないからさ。ファッションを仕事にしてる俺がこんなこと言っていいのか分からないけど(笑)。そもそも流行と自分が似合うものって、基本的には全然違うわけじゃん。流行を上手に取捨選択しながら、自分に似合うものを見つけていけたらいいよね。たまに乗っかったり、逆らってみたりしてさ。でも、いい歳して時代に合わせて流行ってるものしか身につけない、会うたびにコロコロ服装が変わる、みたいな人には「お前、それ似合ってねーだろ」って言いたくなるね(笑)。

TOPICS

循環する「流行」

KEISUKE BABA

- 馬場さんは人のファッションを見るときに最初に目が行くのはどこですか?

馬場:
靴かな。電車に乗ってても、店の前でタバコ吸ってても、いつも人の靴ばっかり見てる。どこの靴履いてる、とかではなく、履き方ね。靴を見るとだいたいその人のことが分かるじゃん。たまに左だけソールが擦り減ってる人とかいたりして、なんで?と思うこともあるけど(笑)。でも、やっぱり着るものとか履くものにはその人の生き様が出るから、そういうの見るたびに、ああ、ファッションっておもしれーなーって思う。

- 今はスニーカーブームで男女問わず、多くの人がスニーカーを履いていたりしますが、「流行」「トレンド」でもっとも左右されるのって、ファッションのどの要素なんでしょう。

馬場:
難しいこと聞くね。アイテムや色使いにも当然流行があるけど、サイズ感が「流行」に一番左右される要素だと思う。今はダボダボしたのが流行っているけど、流行は循環するものだから、だんだんとまた細くなっていくんじゃないかな。結局、極度にデカかったり小さかったりするんじゃなくて、男は自分の身体にあった洋服を着てるほうがカッコいいと俺は思うね。

- 実際、ボトムスはここ数年で少しずつ細くなってきているように思います。タイツのようなスキニーパンツが復活するのには、まだ少し時間がかかりそうですが……。

馬場:
自分で脱げないくらい細いやつね(笑)。当時ああいうモードファッションみたいなのが好きだった子たちは、いま何を着てるんだろうね。きっと、そのときそのときで流行ってるものを着てるんだろうけど。「流行」って、文字通り「流れて行く」ものだからさ。

- そのまま流れていってしまうものもあれば、また戻ってくるものもあったりして、そこにはどんな違いがあると思いますか?

馬場:
さっきから難しいことばっかり聞いてくるな(笑)。結局、今あるものもこれから出てくるものも、かつてあったものの焼き直しでしかないから、大事になってくるのは、そこにどのように手を加えるか、だよね。だから、アレンジのしようがあるものに関しては、またリバイバルしたり、姿形を変えたりして戻ってくるんじゃないかな。

- ちなみにベイクルーズとしては、今季もいろんなアウターを販売するのですが、馬場さん的にはどのようなものが“買い”ですか?

馬場:
(リストを見ながら)へー。いろいろとあるんだな。これとか良いね。フィッシュテールの『M-65』。デカいから中にいろいろと着込めるし。

- カラーはグレーとオリーブドラブがあります。

馬場:
なるほどね。個人的には断然オリーブドラブが好みかな。ミリタリーモノは好きで、『MA-1』とかもよく着てるけど、やっぱりコートってラクでさ、ボトムスに気を使わなくていいんだよね(笑)。ショート丈のアウターってボトムスがしっかり見えちゃうから、合わせ方を考えないといけなくてちょっと面倒だって人も多いんじゃないかな。ロング丈ならパンツなんてほとんど隠れちゃうから、俺だったらこれに適当なパンツを穿いて、Dr.Martensの3ホールか10ホールを履いて完成って感じかな。
JOURNAL STANDARD

M-65 フィッシュテールモッズコート¥30,800(税込)

BUY

- 他はいかがですか?

馬場:
やっぱりBarbourのオイルドジャケットは好きだね。もう何着持ってるか分からないけど(笑)。最近は、オイルドだと避ける人も多いでしょ。扱いが面倒だから。でも俺はBarbourといえば、このオイルドだな。雨が多い、イギリスの気候に合わせて作られたんだけど、近年は日本も雨が多いから、そういう意味では立派な機能アウターだよね。ツラはクラシックだけど。俺はロングの方(『Bedale』)が好きだけどこのショート丈(『SPEY』)の、クレイジーパターンのやつも面白いと思う。

- どのように合わせると良さそうですか?

馬場:
カーディガンなんか合わせたらかわいいと思うよ。それにボタンダウンのシャツにズートっぽいパンツ(編集注:ワタリから裾にかけて極端にテーパードがかかったスラックス)、シューズはClarksなんかを合わせたら、80年代のロンドンにいた移民のジャマイカンっぽくなりそうだね。
Barbour × JOURNAL STANDARD

BEDALE LONG¥60,500(税込)

BUY

- ありがとうございます。なんとなく馬場さんっぽいかな?と感じた、イギリスらしいアイテムを集めてみました。

馬場:
イギリスのファッションは分かりやすいからいいよね。それに、ファッションの基本的な要素で構成されてるから、今も昔も変わらない。程よく男らしさも清潔感もあるしね。
Barbour × JOURNAL STANDARD

BIG SPEY¥59,400(税込)

BUY

TOPICS

「迷い」こそがファッションの醍醐味

KEISUKE BABA

- 消費者からすると、選択肢に溢れていて消費が楽しい時代になったな、とも思うんです。一方で、情報が多すぎるがためにいろんなものが横並びになって、個性を出すことが難しくもなってきているのかな、と。

馬場:
個性がないことが個性、みたいな時代になってきてるよね。ロンドンもニューヨークも東京も、ファッションにおいて固有の文化、ってのは今はもう無いかなって思う。全世界、どこに行っても都心部はみんな同じようなファッションをしてるね。多分ITの発達とかが理由だとは思うんだけど、こればっかりは仕方ない。

- それに対して寂しさを感じたりはしますか?

馬場:
全然。時代の変化ってのは、そういうもんだから。面白くはないけどね。ITの発達なんて、いいことしかないわけだし。だって80年代なんてSNSもなければ、ケータイもないんだぜ。考えられないでしょ。誰かに会いたい、何かを知りたいってなったら、クラブとかお店に行くしかないわけじゃん。「あの店行ったら、あいついるかな?」なんて、そんな時代だよ。まあそれはそれでいい時代だったんだけどさ。

- 当時と比べると今って情報の「質」や「価値」が随分と違うのかなって。それが消費の仕方にも影響していそうで。

馬場:
情報を受け取るのが難しかったからこそ、もっと物を大事にできたってのはあるかもね。慎重に取捨選択するわけだからさ。お金が湧いて出てくるんだったら、消費なんて好きなようにすればいいんだけど(笑)。みんながみんな、そうではないわけじゃん。

- その通りかと思います。

馬場:
お金がないなりに欲しいものを買おうとするときに、価値観や経験、ちょっとした知識が必要になってくるんじゃないかな。そういうものをすっ飛ばしてるから、成金のファッションはダサいんだよ(笑)。彼らには迷いがないから。ひとつだけ見て「これでいいや」なんて決めるんじゃなく、3つ4つ見て、比べないと。そうすることで自分に似合うものや好みが分かってきたり、別の情報が思いがけずに入ってきたりするんだよね。

- 「このジャケットもいいな」なんて目移りしたり。

馬場:
そうそう。「これもいいな~。どっちにしようかな~」なんてさ。ファッションは、迷うからこそ楽しいんだよね。迷って、迷いに迷って、自分で決めて買ったものには自然と愛着も湧いてくる。俺なんて、もう着やしないのに捨てられない洋服ばっかり持ってるよ(笑)。

Shop Information

Council Flat 1
東京都渋谷区神宮前 2-23-1

編集後記

「流行」とは絶えず流れる川、というより回転寿司のようなものなんだなと思った次第です。気になるものが目の前に流れてきたら手に取り、そうでなければスルーする。「たまにはこれも食べてみようかな?」と普段選ばないものを手に取ることもあれば「うわ、失敗したな」と反省することもある。どの席に座ってその流れを見るのかは、年齢とか時代によって変わっていくものなのかもしれません。(重竹)