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  • Interview

    晴れ着ではなく、“普段着”として。
    商業写真家 長山一樹が纏う “粋なスーツスタイル”

    晴れ着ではなく、“普段着”として。商業写真家 長山一樹が纏う “粋なスーツスタイル”

    ハレとケ。非日常と日常。暮らしのなかで、僕らは自然とそのそれぞれを “装い” によって区別してきた。たとえば、結婚式。パリッとスーツを纏い、タイドアップのシャツスタイル、足元にはレザーシューズを。晴れ舞台にふさわしい(とされる)装いこそが、いわゆる “正装” だと信じてきたし、TPO(タイム・プレイス・オケージョン)こそがファッションの基本だ、と、なんとなく意識してきた。

    そんな僕らの固定観念に、疑問を投げかけてくれる人。それが、商業写真家の長山一樹氏だ。日常的にスーツスタイルを貫き続ける彼が抱くこだわりとは。「ジェントルマンごっこをしているだけですよ」とうつむきつつ笑いながらも、終始ブレない信念を語ってくれた。

    Photo_Kazuki Nagayama(Self Portrait),Yuki Furue(Behind the scenes)
    Interview&Text_Nozomu Miura
    Edit_Nobuyuki Shigetake

    長山一樹1982年、神奈川県横浜市生まれ。高校卒業後、スタジオ勤務を経て守本勝英に師事。2007年に独立し、ファッションや広告、フォトブックなどコマーシャル界の第一線で活躍。愛機はハッセルブラッド。
    Instagram:@kazuki_nagayama /@mr_nagayama

    ルールが無い仕事だからこそ、 “制約” を自らに課す

    ファッションシューティングを中心に、多方面で活躍している長山一樹氏は、動くことが多いと思われる撮影現場にも、スーツスタイルで臨むのだという。自身のスタイルを決めたきっかけは、どのようなものだったのだろうか。

    「きっと、あらゆる “生み出す仕事” って、ルールがないものだと思うんです。自分自身がルール、というか。自分なりにルールを決めて、自分なりにそれを実行して、すべて自分なりにやっていかなくてはならない。写真家としての仕事も、そう。決めごとって、ほとんど無いんですよね。だからこそ、どこかきっと、スーツが持つ “ルール” のようなものに飢えていたんだと思います。いわゆる “ルーティンワークへの憧れ” みたいなものがあったんだろうな」

    「でも……」と、長山氏は続ける。

    「僕は、世の中で言われているような “スーツスタイルのルール ”みたいなものには、全然のっとらないんですよ。ルールがあるからこそ、そのなかで、自由にやる。これは言っていいかわからないけど、スーツ屋さんから羨ましがられるんです。僕。彼らは、着方を崩せないから。ネガティブな意味ではないけれど、ルールに縛られすぎるのもちょっとどうかな、って思うんですよね。もちろん “型” を持つことは大切。でも、それによって頭でっかちになってしまうのは、ちょっと嫌だな、って」

    スーツという “制約” を自身に課しながらも、そのなかで自由に楽しむ。そもそも彼は、どれほどの数のスーツを所有しているのだろう。

    「2017年頃にスーツスタイルでいこうと決めた直後は、年に四着ほど買っていました。季節が変わるごとに新たなスーツを買って。ちょっと、買いすぎですよね(笑)。今は、ワンシーズンに一着ずつ。半年ごとに買い足していくようなイメージです。その時の気分で、素材を変えてみたり、ちょっとしたディテールを変えてみたりと、オーダースーツを自分なりに楽しんでいます」

    「丸の内より日本橋が似合うスーツスタイル」は本人の弁。扇子も不思議なほどしっくりきている。

    「僕が初めて作ったスーツは、Ralph Lauren(ラルフローレン)のものでした。パターンオーダーとして、もともとある形に対して微小なサイズ変更を加えて作ったものですね。創業者のラルフ・ローレン氏が着ていたスーツの生地から、好きなものをオーダーできる会があって、そこでお気に入りの一着をオーダーしました。今日持ってきたベージュの一着も、Ralph Laurenのものですね。オーセンティックな趣で、すごく気に入っています」

    “僕はまだまだ、ジェントルマンごっこをしているだけなんです”

    長山氏の話を聞いて、“こだわり” という言葉について考えた。彼は、スーツスタイルを貫くという意味ではもちろん “こだわり” を持っているのだけれど、どこか飄々としていて、今にも「いや、別にこだわってるってワケじゃないですよ」なんて笑い出しそうな雰囲気があるのだ。

    「スーツを買うときは、常に、その時の気分はもちろんですが“何年後かの自分” を想像するようにしています。今好きなものを、今買う。でも、スーツは普遍的で不変なものだからこそ、何歳になっても着られるんですよね。言ってしまえば、おじいさんになってからも着られる。今持っているこだわりのようなものを、遠い将来も持ち続けていられるか、というとそれは違うと思うけれど、僕は僕だから、きっとあんまり変わらないんじゃないかなって」

    ほら、そうだ。“こだわり” と呼ぶことが少しばかり憚られるような、そんな感じ。彼は、彼の “好き” をずっと体現しているのだ。

    シアサッカー生地のスーツはその軽快さを活かして、とことん爽やかに。
    ストローハットも長山氏のトレードマーク。

    「ジーパンやTシャツみたいに、老いても着られたら一番良いですよね。それも、当たり前に着ているような雰囲気で。スーツはとにかく僕にとって、普段着であって、それでいて、仕事の際には勝負服にもなりうる。そういうものなんです。好きに楽しむものであるけれど、時にそれは、僕をパリッとした気分にもしてくれる。たとえばこの一着なんかは、渋谷のTAILOR CAID(テーラーケイド)というお店で仕立てていただいたもの。ビスポークと呼ばれる、イチからスーツを作り上げる方法でオーダーしました。標準的な仕立てのものよりもラペル(襟部分)の位置を下げてみたり、ちょっと大きさを変えてみたりと、僕の好きなディテールがぎゅっと詰まった一着です。仕事の際にももちろん着るし、普段着としても愛用していて」

    仕事着であり、勝負服であり、普段着でもある。長山氏にとってのスーツのあり方は、表現こそちょっと大げさかもしれないけれど、“人生をともに歩むパートナー” のようだ、と感じられる。

    「スーツに着られてしまっているようじゃダメだな、と思います。着続けることで、板についてくるようなのが一番良いですね。「今日、何かあるんですか?」なんて聞かれたら、ちょっと恥ずかしいじゃないですか。スーツに着られるのではなく、ちゃんと、スーツを “着る”。着続ける。そうすることで、自分らしさとしての魅力が表れると思うんです。僕は、スーツを着始めて三年余りと、まだまだ若輩者。あんまり偉そうなことは言えないですね。まだまだジェントルマンごっこをしているだけですから(笑)」

    モノ自体ではなく、モノを手にした人の “行動” にこそ価値がある

    スーツ。なんとなく、奥が深く底知れない世界のような気がしていた。が、長山氏の話を伺うと、それは間違いであったと気付かされた。スーツは、難しくない。ここで断言してみることとする。

    「クラシックなのにオーバーサイズ、ぐらいですよ。僕が好きなスーツのスタイルって。もちろん歴史背景を勉強することも好きだし、何も知らないままにスーツを着るのは嫌だから、学びは常に続けていこうと思っているけれど。“型があっての型破り” とはよく言ったものですよね」

    涼しげなリネン素材のオーバーサイズスーツには、マーガレットハウエルのシャツをノーネクタイで。眼鏡は伊達。

    「このスーツも、そう。自分のなかで、最初はスーツに慣れるためにもタイドアップ(ネクタイを締めること)のスタイルをルールにしていたのですが、正直、夏は暑いじゃないですか。だから、違うな、って。カットソーをインナーとして着るのだってかっこいいと思うし、それはそれでいいじゃん、と思う。タイドアップだけがスーツのすべてではないですから」

    ざっくりとした世の中のルールらしきものに、疑いの心を持つ。決して、頭ごなしに否定するのではなく。長山氏の言葉からは、“リスペクトを込めた上での否定” といったような心意気が感じ取れる。

    「このスーツは、Bergfabel(バーグファベル)というブランドのものなのですが、とにかくラフで素敵なんですよね。石川県・小松市にあるPHAETONというセレクトショップの店主、坂矢さんが声をかけてくれて、この一着をオーダーするに至りました。このスーツ、実はシングル合わせのものしかなくて。なぜか突然坂矢さんが「これ、ダブルの合わせでもオーダーできるよ」と言ってくれたんです。今はもうそんなことできないので、いわば “一点モノ” のような感じ。あ、“二点モノ” か。坂矢さんもオーダーしてたから(笑)」

    にこやかな笑顔でスーツを自慢しながら、彼は、最後にこう残した。

    「ただ、モノ自体の希少性には、あまり関心がないんですよ。もちろん、手に入りにくいものを所有できるのはうれしいけれど。モノの価値そのものだけではなくて、僕は特に、“モノを手にした人の行動” に本当の価値があると思うんです。この椅子は100万円、あの絵は200万円、スーツは50万円で車は………なんて、それだけじゃないと思う。あくまで、使うのは “人” ですから。だからこそ、モノ自体の価値だけにとらわれてしまうのではなく、その “モノ” とともに生きる自分がどうあるか、どんなことをしていくのか、そういうことを大切にしたいですね」

    おわりに

    モノカタル。この特集に銘を刻んだ言葉が意味するのは「モノを語る」であったり、「モノが語る」であったり、「物語」であったり。

    長山氏は、スーツについて、特別な気持ちを持っていないような気がした。そんな調子で語っていたように思える。もちろんきっと、大好きなのだろう。ただ、それでもどこか、“普通のモノ” として、平熱で、スーツにまつわる自身の言葉を連ねてくれたのだ。

    あくまで、日常着として。平熱で日々付き合っていくものとして。そんな風にスーツを等身大に愛し続ける長山氏の、“粋” なスーツスタイルのあり方を見た。

    Suit Care

    プロの洗濯集団「洗濯ブラザーズ」によるスーツのお手入れ方法について

    ここでは、長山氏へのインタビューに続けて、『毎日の洗濯が、「嫌いな家事」から「好きな家事」になるように、洗濯の楽しさを伝える活動をしている』という集団・洗濯ブラザーズによるスーツのお手入れ方法をご紹介。ぜひチェックしてみてください。

    着るたびにするべき、スーツのお手入れ方法とは?

    洗濯ブラザーズ・次男の茂木康之です。普段は、世田谷区三宿でLIVRERというクリーニング屋を運営しながら、週末はポップアップという形で全国各地のアパレルショップへ行き、洗濯のノウハウを伝えています。

    「モノカタル」の第3回は、スーツのお手入れ方法について。

    「着るたびにクリーニング出さないといけないの?」、「家で洗濯ができないから、清潔を維持できないのでは?」……いろんな声が聞こえてきそうですね。スーツのケアは、全然難しくありません。ただし、着た直後のケアがポイントになってきます。

    というわけで、今回は、手軽にできる、スーツのお手入れ方法をみなさんにお教えします。

    「洗濯ブラザーズ」が考えるスーツの手軽なお手入れ

    使用アイテム

    「洗濯ブラザーズ」が答えるTシャツ お手入れFAQ

    • Q1.スーツはどれくらいの頻度でお手入れをすればいいの?

      着用後のデイリーケアと、シーズンで2回程度のドライクリーニングを推奨しています。(クリーニング店で水洗いのコースがあればそちらでも)スーツに関しては、とにかくデイリーケアが大切で、着用後にブラッシングとスチームをしてあげることで、汚れや菌の蓄積を防ぐことができます。あとは、1着だけでなく、複数着所有すること。着用頻度を減らすことでスーツを休ませることができますからね。

    • Q2.飲み会で着てしまい、タバコのにおいが気になる。どうしたらいい?

      ファブリックミストなどを使用する人が多いかと思いますが、そういったものを使わなくても、スチームをするだけでも充分だったりします。スーツはウールを用いているものが多く、ウールは生地自体に油分が含まれているため、汚れは目立ちにくいのですが、においがつきやすい素材です。再三になりますが、とにかく着たあとはブラッシングとスチーム。徹底しましょう。

    • Q3.しばらく着る予定のないスーツ。どのように保管すればいい?

      空気が通りやすい不織布のカバーをしておけば、ひとまずは安心です。逆に、空気が通りづらいビニールカバーは、極力使わないでくださいね。いざ着ようと思ってカバーを開いたら、カビだらけ……! なんてことも、ありますから。