Special Things As Usual Things
“ありふれたもの”をあえて作るということ。
インタビュー:染谷真太郎
〈OUTDOOR PRODUCTS(アウトドア プロダクツ)〉のブランドコンセプト刷新に際し、クリエイティブディレクターに抜擢された染谷真太郎さんにインタビュー。創始者として〈Shinzone(シンゾーン)〉を人気ブランドに導いたのち、〈Oblada(オブラダ)〉を擁するCINCH incを設立し、現在も男性独自の鋭い視点でレディスファッションを牽引する彼が、このファーストコレクションにかけた想いとは。
Interview&Text:Nobuyuki Shigetake
いつもの日常で使える、ちょっと特別なもの。
- クリエイティブディレクターに就任するにあたって、何かミッションのようなものはあったのでしょうか?
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染谷:〈OUTDOOR PRODUCTS〉を『ファッション感度の高い女性をターゲットにした、メンズライクなアパレルブランド』にしていきたい、というのが主なミッションでした。加えて、より広いマーケットにお届けしていくこと、ですね。いきなり身内の話になって恐縮ですが、義理の姉が鹿児島で暮らしていて、会うといつも「好きな感じの洋服を買えるお店がない」と嘆いていたんです。そういった個人的な経験もあって、東京のみでなく、日本中どこでも必要とされるような洋服作りには以前から関心がありました。
- より広い市場というのは、駅ビルや、SC(※ショッピングセンター向けブランド:百貨店ブランドより30%ほど安い価格帯やファミリー向けの商品構成などの特徴がある)と呼ばれるような領域であったり。
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染谷:はい。SCのマーケットを見渡してみると、メンズライクなレディスファッションって意外と選択肢が少なくて、実のところ、姉のように好きになれるブランドを探している人って多いんじゃないかな、と思っていたんですよね。それで2年ほど前からゆっくりとプロジェクトがスタートしたんですけど……
- 2年ですか。結構、時間がかかっていますね。
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染谷:なにせ50年以上の歴史をもつブランドですからね。根本にある魅力を正しく伝えるために、僕らもいろいろとインプットが必要でしたし、手を動かす時間よりも、考えて、話し合うのにたくさんの時間を使いました。すでに多角的なパブリックイメージを持つ〈OUTDOOR PRODUCTS〉の、これまでに表現されていない魅力を引き出そうとアレコレ考えることにはとてもやりがいを感じましたね。
- その中で実行したことと言いますと。
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染谷:具体的には、ブランドコンセプトを『USUAL THINGS』と定めて、デイパック『452』シリーズや、ロールボストン『231』シリーズといったブランドのクラシックについてはスタイリング提案でこれまでとは異なる魅力を引き出すこと。これに際して、新たにバッグを3種類と春夏のアパレルを作成しています。
- まず、ブランドコンセプトにはどういった想いが込められているんですか?
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染谷:〈OUTDOOR PRODUCTS〉って、1973年にロサンゼルスで誕生してから、当初は限定的なエリアで展開をしていましたが、80年代には販路を大幅に拡大し、全米の大学生協に置かれるようになったんです。つまり、アメリカの人たちからすると慣れ親しんだ身近な存在で、当たり前に浸透している日常的なもの。そういうブランドのルーツを端的に表現できる言葉を考えたときに、“Usual”という単語を使いたいな、と思ったんですよね。
- 「普通の」「ありふれた」「いつもの」などと訳せますね。
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染谷:日本においても、〈OUTDOOR PRODUCTS〉のブランド認知度って想像以上に、本当に凄まじく高くて、とてもたくさんの人にひらかれている。もちろんすでに日本でも“Usual”なブランドではありますが、新たに作ったバッグについては『いつもの日常で使える、ちょっと特別なもの』を意識したデザインにしました。
- 詳しく聞かせていただきたいです。
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染谷:デイパックやロールバッグは言うまでもなく魅力的なアイテムですが、女性が使うこと、ひいては毎日使うことを考えると、ちょっと服装が限定されてしまうかな? と感じていました。新たに何かを作るのなら、〈OUTDOOR PRODUCTS〉のフレッシュなカラートーンやユースフルな素材感、アイコニックなロゴを活かしつつ、ある程度どんなファッションにも合わせることができて、それでいてもっとデイリーに使えるバッグがあると良さそうだなと。そうした考えのもとで作ったのがこの『Cube Bag』です。
コロンとした愛らしいシルエットがフレッシュなカラーリングを際立たせる。この2色に加えてピンク、グリーン、ブラックの計5色展開。
- 女性らしさとツールっぽさのバランスが素敵ですね。
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染谷:かわいいですよね。またもや鹿児島の姉の話になってしまうのですが(笑)、彼女のライフスタイルを想像してみると、お洒落をしてカフェやレストランに行くような、ちょっと特別な休日もあると思うんです。そういったときにも使ってもらえて、一方で、自転車のカゴにポイって入れて、子どものお迎えや近所へのお買い物など、日常的なシチュエーションでも気負わずに使える。そういう24時間、365日に寄り添うアイテム、みたいなことをすごく意識しました。女性らしいけれど、決してフェミニンではない。少しメンズライクな要素もあって、程よくハンサムな感じ、とイメージを広げていき、サイズ感としては、お財布とスマホとちょっとしたポーチ、あとはカギぐらいが入ればそれで充分かなって。荷物が多いときにはこれをメインにしてもらって、サブで大きめのエコバッグがあれば良いですしね。
- カラバリも豊富なので、スタイリングの中にスポーティな要素をプラスしたいときに“ハズし”のように使うのも良さそうですよね。
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染谷:そういった合わせでこのロゴが効いてくるな、と思うんです。個人的に、ここまでロゴが大々的に表に出るプロダクトって扱ってこなかったのですが、〈OUTDOOR PRODUCTS〉にとってこのロゴって看板みたいなものだし、僕自身も愛着を感じています。だからロゴを小さくしてさりげなくしたり、いっそ無くしちゃいましょう! みたいなことはまったく考えていなかったです。
巾着型のバッグは2サイズ展開。『Cube Bag』よりもグッとカジュアルな印象に。ホワイト、パープル、グリーン、ネイビー、ブラックの5色展開。
デイリーに使えそうなポシェットタイプのバッグはカジュアルなファッションとの相性が良く、レジャーやお出かけにも◎。
- シーズンヴィジュアルについても染谷さんが監修されていますね。テーマは『DOWNTOWN GIRL』。
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染谷:ぼく自身、プレッピーやアイビーと呼ばれるファッションをずっと好んでいて、これらって東海岸のファッションなんですよね。ただ、少し前にロサンゼルスに訪れた際に寄ったダウンタウンエリアで、これまでには西海岸であまり見かけることがなかった、ニューヨークから移り住んできたであろう都会的な雰囲気の女性が多くなっていることに気が付いたんです。Tシャツとメンズライクなシルエットのトラウザーズにローファーを素足でつっかけて、使い古したバックパックを合わせているような。彼女たちの素敵な着こなしがとても印象に残っていて。『DOWNTOWN GIRL』は、彼女たちのライフスタイルへの想像を膨らませて設定したテーマです。
- 象徴的なアイテムでいうと?
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染谷:セットアップで着られるジャケットとトラウザーズは象徴的かもしれませんね。メンズライクなアイテムですが、彼女たちのクローゼットにはきっとこういったアイテムもあるだろうな、と想像しながら作りました。普段は上下別で、ジャケットはジーンズなんかと合わせてもらっても良いと思います。少しおめかしをしたいときはセットアップで着て、先ほどの『Cube Bag』を合わせていただいて、というイメージです。
マニッシュなセットアップに、ベルトのウエストマークで女性らしさをプラスして。
ワークウェアタイプのセットアップもラインナップ。もともとはスタッフ用に作ったユニフォームだったんだとか。胸元にはシーズンテーマの『DOWNTOWN GIRL』の刺繍が。
「分からなさ」や「難しさ」があるから客観的でいられる。
- 日常的なもの、普通なものをつくる、というのは〈Shinzone〉の頃から染谷さんの根底にある考え方ですよね。
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染谷:結局、自分が好んでいるのがそういうものなんですよね。今でこそウィメンズのファッションでもカジュアルなスタイルが主流になりましたけど、〈Shinzone〉を始めた20年ほど前は、女性が着るカジュアルウエアって選択肢が限られていた。デニムやスウェットシャツなどは1週間のうちの2日、“週末に着る服”とカテゴライズされていたように思います。「アパレルをやるんだったら、週5で着られる洋服を作ったほうが儲かるよ」っていろんな人に言われてたんですけど(笑)、そういった洋服は自分のデザインの引き出しにはなかったんですよね。時代が変化し、それに応じて生活様式や働き方が変わって、平日休日問わずにカジュアルな洋服を選ぶ人が増えて、ようやくカジュアルウエアが“週7の洋服”になってきたのかなって。
- 20年間でトレンドだって何度も変わっているわけですもんね。
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染谷:細かなものもカウントしたら、本当に数え切れないほどですよね。振り返ってみると、正直「あれは手探りだったな…」と思うようなものを作ってしまったこともありましたが、でも、そういうものに限って反応がよかったりして、余計に分からなくなる(笑)。このことを業界の先輩に話したら「そんなことやってたらダメだよ。分からないものは絶対に作らない方がいい」と言われて。本当にその通りだなって思ってからは、自分の理解が及ばないものは作らなくなりましたけどね。
- ただ、根本の話ですが、男性が作るレディスウエアなわけじゃないですか。
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染谷:本質的には分からないことは尽きないですね。なので、1着を作るのにも人より時間がかかってしまうし、サンプル作成の回数も多い。つくづく女性の洋服って難しいなって思うんですけど、この“分からなさ”や“難しさ”があることで、良い意味で客観性を持ち続けていられるというか、主体的になりすぎずにモノづくりに向き合えているように感じます。
- なるほど。その上で、洋服をデザインする際のポリシーは?
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染谷:現代の洋服って、ほぼ全てが“すでにある洋服”だと思うんです。ボタンダウンのシャツなら〈Ralph Lauren(ラルフローレン)〉や〈Brooks Brothers(ブルックスブラザーズ)〉の傑作があって、それらを無視することはどうしたってできない。だから、自分たちが何かを作る際には、オリジナルと呼ばれるものをしっかりインプットしてから臨みたい気持ちが強くあります。ポケットのサイズや裾のカッティングの角度、そういった先人たちが築いた洋服の基礎となる部分に嘘があってはいけないなと。たとえば、ウィメンズの洋服ってポケットが飾りだったり、あっても妙に小さかったりする。小さいのは、メンズの洋服をベースに縮尺を小さくして作ったりしているからそうなるんだと思うんですけど、「デザインとしては正解かもしれないけど、それって実用的じゃないよね」みたいな目線をしっかり持っていたいと思うんです。これは僕が男性で、ウィメンズの洋服を着ないからこそより色濃く感じていることかもしれませんね。
- すっごい大事なことな気がします。最後に、これからの展望をお聞かせください。
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まずはこの2024年春夏コレクションをしっかり広げていくことに注力したいですね。並行して秋冬コレクションのことも考え始めています。早く義理の姉がいる鹿児島にお店を作れるよう頑張らないといけないですね(笑)。
CONCEPTOR
CINCH クリエイティブディレクター
染谷 真太郎 - SHINTARO SOMEYA
1980年生まれ。2001年にシンゾーンを設立し、「デニムに合う上品なカジュアル」をコンセプトに掲げるセレクトショップ〈Shinzone〉のクリエイティブディレクターを20年務めたのちに2021年にCINCHを設立。「自分たちが信じる“確かなこと”だけをお届けする」ことをコンセプトに、 ブランド戦略やトータルプロデューサーとして、コンセプト構築からコンサルティングなど幅広い分野で活動している。